第87回 ブルー、ついに日本上陸(1)
世界王者男子ハンドボールチーム、日本国内を転戦

■ハンドボールとバレーボールのフランス代表が訪日

 先月行われたワールドカップではフランスは韓国で行われたグループリーグで敗退し、日本のファンの皆さんにその姿をお見せすることができなかった。フランス協会は大会期間中の本部を韓国ではなく日本に設置し、日本在住のフランス人を中心にサポーターズクラブを結成するなど意気込んでいたが、残念な結果になった。しかし、7月にブルーが1月遅れで日本を訪問することになった。
 ブルーと言うのはフランス代表チームの愛称であり、サッカーだけではなく他の競技のフランス代表チームにも使用される。(正確にはフランス語の単語には男性形と女性形が存在し、さらに年少者をしめす単語も存在するため、ブルーと言うのは「男子のフル代表」という意味である)サッカー以外の団体球技もフランスが世界のトップレベルにあるものが多い。その中で7月初旬には男子ハンドボールと男子バレーボールが日本を訪問する。男子ハンドボールはアテネオリンピックを目指す日本代表と5試合の親善試合を日本各地で行い、男子バレーボールはワールドリーグ2002のインターコンチネンタルラウンドで日本と同じプールに入っており、ホームアンドアウエー形式で日本代表と2試合を東京で行う。

■激戦の記憶、1997年ハンドボール世界選手権

 この2つのブルーのうち、最初に日本の地を踏むのが男子ハンドボールである。ハンドボールは1997年に日本の熊本で世界選手権が行われ、その際の日本-フランス戦は今でも両国スポーツファンの語り草である。第15回を迎えた世界選手権は欧州以外で初めての開催となり、24か国が参加した。日本代表はスウェーデン人監督のオレ・オルソン氏に率いられ、1995年大会の覇者フランスと対戦する。熊本の大声援を受けた日本は強豪フランスを終盤までリード、金星か、と思われた終了間際にジャクソン・リシャーソンに同点シュートを決められ、逆転も喫し、敗戦する。この苦しい戦いを経たフランスは3位に躍進する。またこの激戦は後々まで語り継がれ、開催地の熊本ではフランスブームが起こり、熊本にあるサッカーチームにはフランス語の愛称がつけられているという。また、外国のスポーツチームに対する理解も芽生え、今回のワールドカップではベルギーチームのキャンプ地になった。ベルギーチームが非公開練習を行った全天候型屋内運動場のパークドーム熊本はハンドボールの世界選手権に使用された施設である。
 日本サッカーは外国人監督に率いられ、ワールドカップを開催して、国民を熱狂させるとともに、スポーツを通じた国際感覚を養ったわけであるが、その原型は5年前のハンドボールにあったのであろう。

■フランス色の強い日本ハンドボール

 そしてハンドボールにもフランスの風が流れた。日本ハンドボール界の名門・本田技研はフランス人のフレデリック・ヴォルとステファン・ストックランが支えてきた。元フランス代表のヴォルはこのたび現役生活にピリオドを打ち、日本代表のコーチに就任し、田口隆監督を補佐する。日本国内がワールドカップ一色の6月にはフランス遠征を行い、恒例となっているパリ・ベルシー・トーナメントに出場し、フランス、デンマーク、チュニジアと対戦する。その後、フランス国内のパリサンジェルマン、シャンベリーなどのクラブチームと対戦し、実力を蓄えてきた。
 そして7月3日から9日までフランス代表チームが訪日する。フランスは2001年に行われた世界選手権でも優勝を飾り、その国際競争力はサッカーのブルーよりも高いと言えよう。フランスでは6月29日にフランスカップの決勝が行われ、リーグを制覇したモンペリエが4連覇を飾ったばかりであり、シーズン終了直後で選手のコンディションは最高にある。クロード・オネスタ監督が日本遠征からはずした選手はディディエ・リナール、オリビエ・ジローくらいでほぼベストメンバーで訪日することになる。

■世界王者に挑戦する第二のトルシエ

 一方の日本はフランス人コーチの下でアテネオリンピックを目指し、精力的に強化に努めている。世界王者は5年前に日本と激戦を演じた熊本を皮切りに、神戸、岐阜、名古屋、川崎を転戦する。ヴォルが日本で第二のフィリップ・トルシエになることができるのであろうか。フレンチカラーの強い日本ハンドボールにも注目したい(続く)

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