第106回 2004年欧州選手権予選開幕(2)
2人の代表監督を更迭させたキプロス

■キプロスに関連する2人のJリーガー

 日本でもキプロスのサッカーについてはそれほど知られていないであろう。日本のJリーグに所属したキプロス人選手はいないが、かつてサンフレッチェ広島に在籍したオランダ代表のジョン・ファン・ルーンや名古屋グランパスエイト等に在籍したユーゴスラビア代表のドラグサ・ビニッチがアポエル・ニコシアに在籍したことをご存知の方がいるかもしれない。
 しかし、欧州の強豪国の代表監督であったフランスのアンリ・ミッシェルとスペインのハビエル・クレメンテを知らない人は少ないであろう。ところが、この2人の名将を代表監督の地位から追い落としたのがこのキプロスであるということも意外と知られていないかもしれない。

■ワールドカップ予選中に更迭されたフランスのミッシェル

 ミッシェルについては日本では元フランス代表監督よりも元チュニジア代表監督と言うことでよく知られているであろう。しかし、1978年のワールドカップの主力選手であり、1986年のワールドカップでフランス代表を3位に導くという輝かしい実績を持つ。メキシコのワールドカップでは成功したものの、続く1988年の欧州選手権ドイツ大会の予選は1勝4分3敗と全く振るわず、本大会で準優勝したソ連、東ドイツの後塵を拝し、出場権獲得はならなかった。そのミッシェルにとって次の目標は1990年のワールドカップ・イタリア大会であった。ミッシェル監督率いるフランスは好選手を揃え、アルプス越えを狙う。
 1988年秋に始まった予選でフランスは、ユーゴスラビア、スコットランド、ノルウェー、キプロスと同じグループ5に入る。最大のライバルはユーゴスラビアであるが、上位2チームが本大会の出場権が得られることから、下位チームに取りこぼさないことが重要である。初戦はアウエーでノルウェーに手堅く1-0で勝つ。第2戦は10月22日のアウエーのキプロス戦。キプロスにとってはこれが初戦である。フランスは先制するものの、追いつかれ、勝ち越し点を奪うことができず1-1のドロー。この引き分けでミッシェル監督は更迭される。そしてフランスはこれで調子を崩し、イタリア行きのチケットを失う。キプロスは残り7試合全敗であり、フランス戦であげた勝ち点1はこの予選で唯一の勝ち点であった。
ミッシェル以後、代表監督はミッシェル・プラティニ、ジェラール・ウリエ、エメ・ジャッケ、ロジェ・ルメール、そして現在のジャック・サンティーニと受け継がれてきたが、その後の監督の交代は勇退、更迭問わず、本大会あるいはその予選の終了後であり、予選が始まったばかりで更迭されたミッシェルにとっては屈辱的な経験であったであろう。

■続投直後に更迭されたスペインのクレメンテ

 そしてクレメンテもキプロスに監督の座を追われた名将である。ちょうど4年前の9月5日。フランスでのワールドカップの興奮が残る中、オランダとベルギーで開催される欧州選手権の予選が開幕した。スペインはオーストリア、サンマリノ、イスラエル、キプロスと同じグループ6に入る。スペインはフランスではシード国となりながらグループリーグで敗退したが、1992年以来指揮をとり、国際試合で31連勝という驚異的な成績を残した北部出身のクレメンテ監督が続投し、雪辱を期す。欧州選手権予選でスペインの初戦はアウエーでのキプロス戦であり、スペインの優位は動かない。
 ところが、スペインはキプロスに2-3と敗れ、無敵艦隊は東地中海に沈んだのである。「プロサッカーにエンターテイメントを求めるのは子供だ。プロは結果がすべてなのだ」という発言もあるクレメンテ監督は更迭となり、今回のワールドカップでの抗議の姿が印象的なホセ・アントニオ・カマーチョに指揮官が代わったのである。上述のフランスとは異なりスペインは持ち直し、残りの7試合は全勝(この7試合の得点は40、失点は2)して、最終的にはグループ6で首位となり、本大会へのチケットを楽々と手に入れる。キプロスも最終成績は4勝4敗という立派な成績を残し、2位のオーストリア、3位のイスラエルと勝ち点の差はわずか1であった。
 今まで予選の初戦で名将と言われる2人の代表監督を更迭させたキプロス、鬼門である。(続く)

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