第2198回 3連敗を喫したラグビー代表(4)
聖地エリスパークで4戦4勝のフランス

 6年前の東日本大震災、昨年の平成28年熊本地震などで被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、被災地域だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■南アフリカのラグビーの聖地、エリスパーク競技場

 TOP14の決勝戦を戦ったカストルとトゥーロンの選手が合流し、さらにフランスラグビー連盟のベルナール・ラポルト会長がフランスから駆け付けながら、フランスは第2戦も15-37というスコアで敗れてしまった。第1戦(14-37)とほぼ同じスコアであり、ファンにとっては受け入れがたい結果である。相手の南アフリカはこれまでフランスは負け越しているとはいえ、2015年秋には日本に敗れ、2016年にはイタリアに敗れており、2016年の成績は4勝8敗と大きく負け越しており、フランスとしては勝っておきたい相手である。
 そして第3戦はヨハネスブルクのエリスパーク競技場で行われた。1995年のワールドカップのメイン会場であり、南アフリカのラグビーの聖地と言ってよいだろう。2010年のサッカーワールドカップでも使用されている。フランスがこのスタジアムで対戦するのは2001年6月の遠征時以来のことで、この時はフランスが32-23と勝利している。

■記念すべき1958年のフランスの南アフリカ遠征

 最終戦がメイン競技場のエリスパークで最終戦が行われるが、今をさかのぼること59年前、1958年の南アフリカ遠征も最終戦はこのエリスパークであった。それまでフランス代表はイングランドなど英国に遠征したことはあったが、これが初めて南半球への遠征であった。7月上旬にフランスを出発し、7月12日にローデシアと対戦したのを皮切りに8月16日まで南アフリカ国内を転戦し、南アフリカ代表とのテストマッチ2試合、地区代表などとの8試合の合計10試合を10都市で行った。代表チーム同士のテストマッチは、ケープタウンで第1テスト、ヨハネスブルクで第2テストを行っている。第1テストは3-3の引き分けであり、最終戦の第2テストはエリスパークでの戦いとなる。テストマッチ以外の8試合のフランスの戦績は4勝1分3敗である。長期間の遠征で負傷者が続出し、出場できる選手は18人しかいなかった。フランスは前半を3-5(当時はトライは3点)で折り返し、後半に入って2本のドロップゴールを決めて9-5と逆転勝ちし、南アフリカとの戦いで初勝利をあげたのである。以後もエリスパークではフランスは南アフリカに対し1967年、1993年、そして先述の2001年と4戦4勝と相性のいい競技場である。

■最終戦にかけるフランスの先発メンバー

 エリスパーク競技場での最終戦、フランスの先発メンバーは左のプロップにジェファーソン・ポワロ、フッカーはギエーム・ギラド、右のプロップにラバ・スリマニ、第2列はヨアン・マエストリとロマン・タオフィフェヌア、フランカーは左にヤクーバ・カマラ、右にケビン・グルドン、ナンバーエイトはルイ・ピカモール、スクラムハーフはバティスト・サラン、スタンドオフにジュール・プリソン、センターはガエル・フィクーとダミアン・プノー、ウイングは左にビリミ・バカタワ、右にナン・デュクアン、フルバックはブライス・デュランである。

■3戦連続して先発出場している6人

 ダーバンでの第2戦の先発メンバーと比較すると、FWは右ロックをポール・ジャドラジアックからタオフィフェヌアへ代えただけであるが、BKはスタンドオフをフランソワ・トラン・デュックに代えてプリソン、右のウイングをヨアン・ウジェからデュクアン、フルバックをスコット・スペディングからデュランと合計4人の入れ替えとなった。
 第2戦ではTOP14の決勝を戦い、第1戦には出場しなかったカストルとトゥーロンのメンバーを意図的に先発させたこともあったが、この第3戦はカストルからは第2戦で代表初キャップとなったプノーのみ、トゥーロンからは主将のギラドと第2戦はクレルモンのジャドラジアックにポジションを譲ったタオフィフェヌアだけとなった。
 第1戦から3試合連続して先発しているのは左プロップのポワロ、ロックのマエストリ、フランカーのカマラ、ナンバー8のピカモール、左ウイングのバカタワ、左センターのフィクーの6人である。実績を積んだ選手が多い中でカマラはこの遠征までキャップ数はわずかに3であった。カマラの祖先はマリの出身である。アフリカの地での最終戦、カマラは活躍することができるだろうか。(続く)

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