第2200回 2024年夏季オリンピックの開催地 (1)
パリとロサンジェルスが残った招致レース

 おかげさまで第2200回の連載を迎えることになりました。連載開始以来16年で2200回もの連載を続けることができたのは読者の皆様のおかげです。読者の皆様に改めて感謝するとともに、引き続きのご愛読をよろしくお願いいたします。

■アテネに続き第2回オリンピックを開催したパリ

 第2200回という節目の連載では2024年の夏季オリンピック・パラリンピックの開催地としてパリがほぼ決定したことを紹介しよう。
 近代オリンピックの提唱者であるピエール・クーベルタンはパリ近郊の生まれであり、自らもラグビーの選手、審判として活躍した。そのクーベルタンはギリシャのデメトリウス・ビケラスについで第2代の国際オリンピック委員会(IOC)の会長に就任している。第1回のオリンピックは1896年にギリシャのアテネで開催されたが、クーベルタンがIOCの委員長であった1900年には第2回となるオリンピックがパリで開催された。オリンピックの公用語がフランス語と英語であるのはこのような伝統に基づくものである。

■1924年の開催以降、近年は3回招致に失敗

 その後、1924年にパリはオリンピックを開催したが、その後、パリは立候補しても常に落選となる歴史を繰り返してきた。近いところでは1992年(スペインのバルセロナで開催)、2008年(中国・北京)と2012年(英国・ロンドン)のオリンピックに立候補したがともに落選している。また2004年大会も立候補しようとしたが、国内調整でリールに敗れている。2012年は同じ欧州のロンドン(英国)が開催都市となったことから、当面同じ欧州の大都市であるパリにはチャンスがないと思われてきたが、2015年にパリは2024年のオリンピックの開催意思を表明し、立候補した。

■次々にライバルが脱落、今年2月にはブダペストも撤退

 招致の意向を示した都市はパリ以外には米国のロサンジェルスとボストン、ドイツのハンブルク、ハンガリーのブダペスト、イタリアのローマがあったが、招致レースの序盤の2015年にボストンとハンブルクが撤退し、昨年ローマも撤退した。これらの都市はオリンピック開催による赤字が出た場合に開催都市が負担せざるを得ないことに住民が反対し、開催を断念している。
 今年初めの段階で残ったのはパリ、ロサンジェルス、ブタペストの3都市、過去に2回開催実績のあるパリ、ロサンジェルスに対し、初開催となるブタペストという構図となった。この時点でパリは楽観的な考えを持っていた。それは2016年11月に行われた米国ン大統領選挙でドナルド・トランプ候補が勝利したからである。移民排斥、自国中心というのはオリンピックの精神とは相いれず、米国のロサンジェルスに対しパリが優位であるとの楽観論が広まった。そして心配はダークホースのブダペストである。中欧にあるブダペストは近年の肥大化したオリンピックの姿に対するアンチテーゼとなり、パリやロサンジェルスのような巨大都市で開催経験がある年ではなくともオリンピックが開催できることを証明する点から注目された。しかしそのブダペストも、今年の2月になって開催費が巨額になることに対する懸念を持つ招致反対派の動きが大きくなり、政府と市が招致を断念したのである。

■危機感を持ったIOC、2024年大会と2028年大会の開催都市をセットで決定

 結果的にはこれまでに2回の開催経験のあるパリとロサンジェルスが残ったが、頭を抱えたのはIOCである。1984年のロサンジェルス大会以降、オリンピックは儲かるもの、と思われていたが、21世紀になって変調した。多くのオリンピックでは地元が財政難に悩み、オリンピック施設が廃墟化している例も少なくない。招致レースから脱落する都市はあっても開催の7年前に行われる開催都市決定の際には5都市以上が残っていた。しかし、今回はわずか2都市、そして2028年の開催を模索している都市も顕在化していない。
 オリンピック開催を望む都市が少なくなってきたことにIOCは危機感を感じ、7月11日に臨時総会を開催し、2024年と2028年のオリンピックをパリとロサンジェルスで開催することを決定した。どちらの都市がどちらの年に開催するかは9月にペルーのリマで行われる総会までに両都市で合意をすることをIOCは望んでいる。
 両都市の交渉に委ねられるわけであるが、2024年はパリ、2028年がロサンジェルスというのが一般的な見方であり、パリに100年ぶりに聖火が灯ることはほぼ確実であろう。(続く)

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