第2226回 16年ぶりの優勝目指すデビスカップチーム(1)
1回戦はアウエーで日本戦

 6年前の東日本大震災、昨年の平成28年熊本地震などで被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、被災地域だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■四銃士が築いた黄金時代とその後の低迷

 9月に入って代表のワールドカップ予選、チャンピオンズリーグと国際試合が続き、サッカーファンはも国内外の戦いに目を向けるようになった。
 チャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグのグループリーグの3日間が終わり、その翌日からデビスカップの準決勝が3日間行われ、フランスはリールのピエール・モーロワ競技場でセルビアと対戦し、3-1で勝利し、決勝進出を決めた。今回から優勝を目指すフランスのこれまでの歩みを紹介しよう。
 フランスのテニスと言えば四銃士、ジャン・ボロトラ、ジャック・ブルニョン、アンリ・コシェ、ルネ・ラコステが1920年代から1930年代にかけて黄金時代を築き、1927年から1932年までデビスカップで6連覇を果たした。日本の皆様にとってはデビスカップのインターゾーン決勝で1926年と1927年の2年連続で対戦し、いずれも敗れたことは痛恨の記憶となっているであろう。ところが、フランスのテニスは6連覇以降長らく低迷が続く。

■ワールドグループ制となってから復活したフランス

 1981年にデビスカップがワールドグループ制となったころからフランスのテニスは復活を遂げ、1991年には59年ぶりの優勝を果たす。またワールドグループ制となってから、陥落したのは2年だけ、すなわち37年間のうち35年間はワールドグループの1回戦に勝利するか、敗れた場合でもプレーオフで勝利しているわけである。1999年からワールドグループの座を守り続けている。1999年以降は安定した力を残し続けており、1回戦で敗れたのは2回だけ、昨年までに5回の決勝進出を記録している。しかしながら、この5回の決勝で優勝したのは2001年が最後である。
 2014年の決勝はスイスに敗れたことは本連載の第1780回から第1788回の本連載で紹介したとおりであるが、2015年はベスト8、2016年はベスト4と安定した成績を残し、今年の大会を迎えたのである。

■錦織圭、ガエル・モンフィス、ジョーウィルフリード・ツォンガが欠場

 組み合わせ抽選の結果、1回戦でフランスは日本と対戦する。前回のフランスと日本の対戦はワールドグループが発足した初年のことである。1回戦で敗れた両国はワールドグループ残留をかけてプレーオフに臨む。フランスが4-1と日本を下し、残留を決めたが、このプレーオフがローランギャロスで行われたため、今度の戦いは日本のホームゲームとなる。
 2月初めに行われる1回戦に日本はエースの錦織圭がグランドスラムを優先するために欠場する。同様にフランスもガエル・モンフィスとジョーウィルフリード・ツォンガがメンバーには加わらなかった。

■熱狂的なインドアでの声援に勝てるか、ランキング上位選手を集めたフランス

 フランスはリシャール・ガスケ、ジル・シモンをシングルスの軸とし、ダブルスには世界ランキング1位のニコラ・マユと2位のピエール・ユーグ・エルベールが控える。
 対する日本は西岡良仁、杉田祐一、ダニエル太郎、内山靖崇の4人でフランスを迎え撃つ。
 シングルスの主要選手のランキングを比較すると、欠場選手については錦織が5位、モンフィスが6位、ツォンガが12位である。フランスから出場するガスケは18位、シモンが25位であり、日本の西岡は99位、杉田は124位、ダニエルは126位、内山は240位とかなり差が開いている。
 フランスにとってはシングルス、ダブルスとも楽に勝てるようなランキングの差であるが、なんといってもデビスカップである。しかも会場は実質的にインドアとなる有明アリーナである。フランスが59年ぶりの優勝を果たした1991年の決勝の相手は米国、当時の米国にはアンドレ・アガシ、ピート・サンプラスという絶対的なエースがおり、アンリ・ルコント、ギ・フォルジュのフランスは苦戦が予想された。しかし、会場はリヨンのパレ・スポーツという体育館、満員の観衆の大声援で米国勢は調子をつかみきれず、フランスが勝利した。
 そして今回の有明コロシアム、日本の熱狂的な応援がこれまでもいくつかの奇跡を起こしてきた。緊張の中で有明コロシアムにラ・マルセイエーズが流れたのである。(続く)

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