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        <title>J.P.モアンのフランス・サッカー幻想交響曲</title>
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        <description>1998年ワールドカップと2000年欧州選手権を制したフランス・サッカー。その華麗さと壮観さはエクトール・ベルリオーズの名曲「幻想交響曲」を連想させる。幻想交響曲の第一楽章は「夢と情熱」、そして第二楽章は「舞踏会」。このすばらしい調べにのってフランス・サッカーを語ろう。 J.P.Moins</description>
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        <copyright>Copyright 2010</copyright>
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            <title>第1076回　リヨン、レアル・マドリッドを退け8強に進出</title>
            <description><![CDATA[<h2>■欧州カップの成績と代表の成績が逆のフランスとスペイン</h2>
<p>　前回の本連載ではヨーロッパリーグ1回戦をマルセイユ、リールとも突破したことを紹介した。ヨーロッパリーグは2月25日にベスト16が決定したことを紹介した。その翌週はフランス－スペイン戦を含む代表チームの国際試合があったため、欧州カップは行われなかった。<br />
　年が明けてからの欧州カップで4チームが出場したフランス勢は5勝1分と言う成績、7チームが出場したスペイン勢は2勝5分4敗と対照的な成績であるが、代表同士の試合ではスペインが圧勝している。しかも、フランス代表の選手はスペインを含む他国のビッグクラブに所属している。実に不思議な話である。<br />
　そのスペイン戦の惨敗があけて最初に行われる欧州カップがチャンピオンズリーグのレアル・マドリッド（スペイン）－リヨンの第2戦である。スペイン線のちょうど1週間後の3月10日、舞台はマドリッドのサンチャゴ・ベルナベウ競技場である。7万人の大観衆がレアル・マドリッドの勝利を信じて集まった。これまでに紹介してきたとおり、エル・ブランコことレアル・マドリッドはチャンピオンズカップの創成期こそ決勝でランス（Reims）に勝利するなどフランス勢を圧倒していたが、1992-93のUEFAカップでパリサンジェルマンに負けてからはフランス勢を苦手とするようになった。そして最近のフランスのライバルはこのリヨンであるが、第1068回の連載で紹介したとおり、リヨンとは同じグループリーグに入ったことがあるが、いずれもリヨンではリヨンが勝利し、マドリッドでは引き分けに終わっている。</p>
<h2>■22人中9人が1週間前のフランス－スペイン戦に出場</h2>
<p>　さて、ピッチにたった22人の選手のうち、1週間前のスペイン－フランス戦に出場していた選手は次の9人である。まず、リヨンはGKのウーゴ・ロリス、MFのジェレミー・トゥーララン、FWのシドニー・ゴブーの3人がフランス代表として出場している。一方のレアル・マドリッドはスペイン代表としてGKのイケル・カシージャス、DFのアルバロ・アルベロア、セルヒオ・ラモス、ラウール・アルビオル、MFのシャビ・アロンソの5人に加え、フランス代表としてラッサナ・ディアラが出場している。</p>
<h2>■6分にクリスティアーノ・ロナウドが先制点</h2>
<p>　マドリッドのファンは1週間前のスタッド・ド・フランスでの再現を期待している。そして試合はそのマドリッドのファンの期待通りに始まったが、1週間前のスペイン－フランス戦のメンバー以外が試合を演出した。6分にポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウドがスピードを生かし先制点をあげる。これで2戦合計のスコアは1－1となる。圧倒的に試合を支配するレアル・マドリッドの次の1点を期待するサンチャゴ・ベルナベウの7万観衆、そして防戦一方となったリヨンのカウンターアタックからの得点を期待するピレネー山脈の東側のファン、その思いは拮抗した。前半は両チームその後は得点なく、ハーフタイムを迎える。</p>
<h2>■歴史を再現したミラレム・ピアニッチのゴール</h2>
<p>　後半に入った段階でリヨンは2人の選手を交代させる。交代枠が3人、しかも展開によっては延長戦も想定される中でクロード・ピュエル監督は大胆な選手起用を図る。その選手交代がカンフル剤となったのか、後半開始早々にリヨンはチャンスをつかむが、基本的にレアル・マドリッドが攻め、守るリヨンがカウンターアタックを狙うと言う構図は変わらない。<br />
　そしてそのリヨンの戦略が当たった。75分、セザール・デルガドからリサンドロ・ロペスと言うアルゼンチン代表のコンビがパスをつないでゴール前に球を運び、最後はボスニア・ヘルツェゴビナ代表のミラレム・ピアニッチが至近距離からのゴールを決める。これでリヨンは通算得点で2－1とリードする。ホームのレアル・マドリッドが勝ち抜くには残り15分で2点が必要である。<br />
　もちろん、リヨンは残り15分を守り抜き、この試合は1－1とドローで終え、1勝1分でリヨンがベスト8に進出する。過去2回のグループリーグ同様、リヨンはホームで勝利、アウエーで引き分けと言う理想的なパターンでレアル・マドリッドに勝利した。5月のチャンピオンズリーグの決勝の舞台はここサンチャゴ・ベルナベウ競技場ということでホームで優勝を狙っていたレアル・マドリッドであったが、今季最後の地元での国際試合となってしまったのである。（この項、終わり）</p>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ミラレム・ピアニッチ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">リヨン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">レアル・マドリッド</category>
            
            <pubDate>Tue, 16 Mar 2010 21:25:56 +0900</pubDate>
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            <title>第1075回　マルセイユ、リールともに2回戦進出</title>
            <description><![CDATA[<h2>■過去2年、優勝チームに敗れたマルセイユ</h2>
<p>　チャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグの決勝トーナメントの1回戦でフランスから出場した4チームはいずれも初戦を勝利するという幸先の良い出足となったのは本連載第1066回から第1069回で紹介したとおりである。その決勝トーナメント1回戦の第2戦がヨーロッパリーグは2月の下旬、チャンピオンズリーグは3月上旬に行われている。<br />
　ヨーロッパリーグについては、フランスからマルセイユとリールが出場し、マルセイユはアウエーでFCコペンハーゲン（デンマーク）、リールはホームでフェネルバフチェ（トルコ）に先勝している。第2戦は第1戦の翌週の25日に行われた。<br />
　フランス勢2チームのうち最初に登場したのはマルセイユである。19時に地元マルセイユに姿を現す。マルセイユはこのところヨーロッパリーグの前身であるUEFAカップの常連となっているが、昨年はシャフタール・ドネツク（ウクライナ）、一昨年はゼニト・ペテルブルグ（ロシア）と優勝したチームに決勝トーナメントの序盤で敗れている。1993年に八百長疑惑でタイトルを剥奪されてから国内外ともタイトルから遠ざかっているマルセイユ、そろそろタイトルを獲得したいところである。マルセイユにとってはアウエーの第1戦で3－1と差をつけて勝利しており、2回戦進出ということはほぼ確実であろう。</p>
<h2>■久々に代表復帰したハテム・ベンアルファの先制点</h2>
<p>　ファンの期待は2回戦進出とは違うところにあった。この日の午後、前回までの本連載で紹介した3月3日のスペインとの親善試合の代表メンバー24人が発表された。マルセイユからも3人の選手が選出された。代表では第2GKとなるスティーブ・マンダンダは想定されたメンバーであったが、FWのハテム・ベンアルファは2008年10月以来の1年5か月ぶりの復帰となり、ブノワ・シェイルーは初めての代表招集である。昨年11月のアイルランド戦の際はマンダンダ1人しか招集されていなかったことを考えれば、大躍進である。そして宿敵パリサンジェルマンからは代表に名を連ねた選手はいない。このFCコペンハーゲンとの試合をステップにして代表でもマルセイユの選手が活躍することをファンは期待している。<br />
　そしてこの期待に応えたのがベンアルファである。左サイドの攻撃的MFの位置に入ったベンアルファは代表復帰に気を良くしたのか積極的に攻撃を仕掛ける。そして前半終盤の43分、サイドからのボールを見事なボレーシュートで先制点を奪う。ベロドロームのファンは沸き立つ。そして後半はバカリ・コネが2点を追加し、終盤のFCコペンハーゲンに1点返されたものの、第1戦と同じ3－1というスコアで連勝したマルセイユはベスト8を決定する2回戦へと進出したのである。</p>
<h2>■アウエーでフェネルバフチェに先制点を許したリール</h2>
<p>　一方のリールはホームで勝利したものの、2－1というスコアである。つまりアウエーの第2戦で0－1というスコアで敗れた場合、アウエーゴール2倍ルールで敗退となる厳しいスコアである。またリールでの第1戦で先制点をあげたフローラン・バルモンが累積警告でこの試合に出場できない。すなわち精神的にはリードしているとは言えない状態でリールはトルコのイスタンブール入りしたのである。<br />
　試合はアウエーゲームであった。圧倒的なフェネルバフチェのファンがスタンドを埋め尽くす。フェネルバフチェが試合を支配し、守勢のリールが守るという典型的なホームとアウエーの関係が明確になった。そして、シナリオ通りにスコアを開いたのはフェネルバフチェであった。29分にリールが惜しいチャンスを逃し、35分にはフェネルバフチェはCKから先制点を奪う。この段階でフェネルバフチェ有利となる。</p>
<h2>■リールから唯一代表入りしたアディル・ラミが値千金のゴール</h2>
<p>　後半になってもスコアは動かない。このままのスコアで試合が終わればリールは敗退である。リールもよく健闘したがフェネルバフチェのゴールは遠い。<br />
　ところが85分、リールはアウエーチームにとって理想的なシナリオを展開する。長いFKからアディル・ラミが得点をあげる。ラミはリールから唯一スペイン戦のメンバーに選ばれた選手である。この試合だけを見れば同点ゴールでしかないが、2試合を通してみれば決勝点である。ラミのゴールの直後からフェネルバフチェのファンは次々に家路につく。そしてリールはベスト16進出を決めたのである。（この項、終わり）</p>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ハテム・ベンアルファ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">マルセイユ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">リール</category>
            
            <pubDate>Sun, 14 Mar 2010 23:24:52 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>第1074回　スペインと親善試合(5)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■「手も足も出なかった」フランス</h2>
<p>　3月3日に行われたスペインとの親善試合はこれまで紹介してきたとおり、0－2でフランスは完敗した。スコアそのものは2点差であったが、内容的には相当の力の差があることが露呈してしまった。<br />
　試合展開は前回の本連載で紹介したとおりである。試合開始から20分過ぎまではフランスは運動量も落ちず、スペインに対して鋭いカウンターアタックを仕掛けていた。ところが21分にビジャに先制点を奪われてから、フランスはまったくゲームを作ることができなかった。残り70分はスペインが試合を支配し、フランスに得点の気配はなかった。アイルランドとのプレーオフではティエリー・アンリの手が出て南アフリカ行きのチケットをつかんだが、今回のスペイン戦では「手も足も出ず」、惨敗となった。</p>
<h2>■1992年のブラジル戦以来のホームでの惨敗</h2>
<p>　これまでフランスが今回のスペイン戦のように惨敗を喫したことがないわけではない。例えば、一昨年の欧州選手権のオランダ戦、2002年ワールドカップの際のデンマーク戦などは、思い出したくはないがその例であろう。しかし、これらの試合は欧州選手権やワールドカップの本大会での試合であり、中立地での一発勝負という特殊な環境下で行われた試合である。フランスにとってホームゲームで惨敗と言うと1992年8月に行われたブラジルとの親善試合までさかのぼらなくてはならない。1993年11月17日のブルガリア戦は悲劇的な試合であったが、試合内容的にはフランスが優位であった。<br />
　この1992年夏のブラジル戦はフランス代表にとっては恒例の夏の親善試合であり、1990年のワールドカップで優勝した世界チャンピオンをパルク・デ・プランスに迎えて行われた。この時もブラジルが試合を支配し、フランスは手も足も出ずに0－2で敗れる。<br />
　18年前のブラジル戦との共通点はスコアだけではなく、相手が世界王者、欧州王者と言うタイトル保持国であったということがあげられる。</p>
<h2>■観客が相手に歓声を上げたブラジル戦</h2>
<p>　一方、大きく違う点は2つある。まず、観客の反応である。ブラジル戦はブラジルのすばらしい試合運びにパリの観客が大きな歓声を上げ、ブラジルイレブンがパス回しをするたびに「オーレ」という掛け声がかかった。ところがスペイン戦はサンドニの観衆はフランスに対しブーイングを浴びせたのである。<br />
　観客がスペインのすばらしい試合運びに拍手を送るのではなく、フランスの情けない試合内容を責めたということは、重要なことである。ファンが現在のフランス代表と言うチームにそれだけ失望をしているということであろう。この失望の原因は以下に述べる2番目の相違点とも関連する。</p>
<h2>■厳しい予選を経験しても上がっていないチーム力</h2>
<p>　この2番目の相違点は、試合が行われた時期である。ブラジル戦が欧州選手権本大会明けの新チーム始動の試合だったのに対し、スペイン戦はワールドカップを3か月後に控えチームがある程度仕上がっていなくてはならない時期に行われた試合であった。2008年の欧州選手権でグループリーグで敗れてしまったフランスは、それほど大きなメンバーの変更もなく、今回のワールドカップ予選に挑んだ。批判の渦巻く中で低支持率のレイモン・ドメネク監督は続投し、ついにワールドカップを迎えることになるのである。多彩なタレントを有するフランスがこれほど予選突破に苦労してきたのはドメネク監督の力量不足であるとファンだけではなく、一部の選手も思っていることである。そして試合のたびにファンは不満を抱えながらも、予選突破を果たしてしまう。結果を出したドメネク監督への怒りが収まったかに見えたが、予選突破後初めての試合は悲惨な結果に終わった。<br />
　予選で苦しめば苦しむほど、チームの力は上がっているはずである。1996年欧州選手権のチームがそうであった。負けはしなかったものの、スコアレスドローが続き、ファンはやきもきしたが、この苦しい予選でチームが成長し、イングランドでは準決勝に進出し、2年後のワールドカップ優勝のベースとなった。満員の地元ファンはそのときと同じシナリオを期待したであろう。しかし、スペイン戦は無様な内容となり、ファンの怒りが爆発したのである。<br />
　結局、2008年の欧州選手権以降、フランスは格上のチームとは2回（昨年のアルゼンチン戦と今回のスペイン戦）しか戦っておらず、いずれもホームで敗れており、南アフリカでの苦しい戦いが予想されるのである。（この項、終わり）</p>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">その他のサッカー</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">スペイン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">フランス</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">レイモン・ドメネク</category>
            
            <pubDate>Thu, 11 Mar 2010 23:36:36 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>第1073回　スペインと親善試合(4)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■満員の観衆もラグビーのアイルランド戦に及ばず</h2>
<p>　今年最初、そしてワールドカップ出場選手選考前最後のフランス代表の試合は3月3日21時にスタッド・ド・フランスでキックオフされた。スタッド・ド.フランスには79,021人の大観衆が集まった。満員の観衆であるが、それでも2月13日に行った6か国対抗ラグビーのアイルランド戦の79,289人には及ばない。ワールドカップ出場を決めてから最初の試合で相手は世界ランキング1位のスペインであってもラグビーの6か国対抗の開国との対戦に観客動員で及ばない、それが現在のフランスにおけるサッカーの位置づけである。</p>
<h2>■新調した白のセカンドユニフォームのフランス</h2>
<p>　フランスは白いユニフォーム、スペインは紺のユニフォームで両チームの選手がピッチに立った。さてこの白いユニフォームは新調したものである。フランスの青いファーストユニフォームは昨年のアイルランド戦で新調しており、それに引き続き白いセカンドユニフォームもワールドカップに向けて新調したのである。新ユニフォームの特徴はVネックであり、たてに青と赤の細い線が筋のように入っている。このユニフォームはフランスサッカーの黄金時代とも言うべき1980年代のユニフォームをイメージしている。サプライヤーはアディダス社、日本では市谷小、牛込一中校区という文教地区に立地し、新潮社の隣にある会社と言う程度の認識かもしれないが、国際的な事業運営をしている会社である。今回のワールドカップには12チームのユニフォームのサプライヤーとなっている。</p>
<h2>■代表デビューのミカエル・チアニ、ジュリアン・エスクーデとコンビ</h2>
<p>　その新調なった白いユニフォームに身を包んだ11人のメンバーを紹介しよう。GKはウーゴ・ロリス、DFは右にバカリ・サーニャ、左はパトリス・エブラ、中央にはミカエル・チアニとジュリアン・エスクーデ、守備的MFは右にジェレミー・トゥーララン、左にラッサナ・ディアラ、攻撃的MFは中央にヨアン・グルクフ、右にフランク・リベリー、左にティエリー・アンリ、そして1トップはニコラ・アネルカである。<br />
　チアニが代表デビューを果たす。ワールドカップ予選で苦労した第2のストッパーにチアニがなるのかエスクーデが名乗りを上げるのかという期待はあるが、当然不安もあり、チアニとエスクーデと組む中央の守備は未知数である。逆に攻撃陣は役者がそろった。昨年夏以降負傷のため代表から離脱していたリベリーが復帰し右サイド、ワールドカップ予選でジネディーヌ・ジダンの後継者としての地位を確立したグルクフ、アイルランド戦でのハンドの汚名を返上しようと言うアンリ、この3人が並ぶ攻撃的MFは圧巻である。<br />
　この攻撃陣に対する期待と、守備陣に対する不安の中で試合はキックオフ、このところの人気低迷に悩むフランス代表であるが満員の観衆と無数の三色旗が白いユニフォームの11人を鼓舞する。</p>
<h2>■21分の失点から沈黙したイレブンに容赦ないブーイング</h2>
<p>　このファンの声援に応え、フランスの序盤は悪くなかった。世界ランキング1位の欧州王者に対し、運動量で勝り、安定した守備から一気にカウンターを仕掛け、スペインゴールを脅かす。しかしながら、21分のビジャの先制点がすべてを変えた。イニエスタのスルーパスからビジャが飛び出てロリスと1対1になる。ここでビジャが落ち着いてゴールを決める。チアニとエスクーデのコンビにスピードがあればこのような局面にはならなかったであろう。満員のファンの期待は不安を通り越して失望に変わった。この1点でフランスは気落ちし、ボールを保持できず、スペインの紺のユニフォームがスタッド・ド・フランスをわが庭のように走り回る。<br />
　スペインの2点目は時間の問題であった。前半ロスタイムに右サイドDFのセルヒオ・ラモスが攻め上がり、そのままシュートされ、ネットを揺らす。試合開始から20分まで続いていたフランスのプレッシングはもう機能しなくなっている。前半が終了し、ブーイングとともに白いユニフォームの一群はロッカーに向かう。<br />
そして後半は苦痛の45分であった。汚名返上に燃えるアンリはまったくブレーキであり、ボールを持つとブーイングされると言う始末。65分にはベンチに下げられてしまう。アンリ、アネルカ、リベリーに代え、シドニー・ゴブー、フローラン・マルーダ、ジブリル・シセを投入するが、スペインとフランスの力の差は明白、最終スコアは0－2でブーイングとともに試合は終わったのである。（続く）</p>
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            <link>http://www.jpmoins.com/column/no1073.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">スペイン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">フランス</category>
            
            <pubDate>Wed, 10 Mar 2010 23:12:19 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1072回　スペインと親善試合(3)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■ワールドカップ予選に出場したジャン・アラン・ブームソンとフランク・リベリー</h2>
<p>　前回の本連載ではこのスペイン戦にメンバー登録された24人、アイルランド戦と入れ替わった7人を紹介した。新たに加わった7人のうち、前回紹介したブノワ・シェイルーとミカエル・チアニのように初めての代表入りというケースもあるが、久しぶりの復活と言うケースもある。
5人の復帰組のうち、ジャン・アラン・ブームソン、フランク・リベリーはワールドカップ予選に出場している。ブームソンは2008年10月11日のルーマニア戦に出場している。リベリーは終盤こそ負傷で戦線から離脱したが、6試合に出場しており、攻撃のキーマンである。<br />
　アディル・ラミは2008年3月のイングランド戦の際にフランス代表に招集されているが、結局同時期に行われたフランスA'代表のマリ戦に出場している。ハテム・ベンアルファもワールドカップ予選には出場せず、2008年10月14日のチュニジアとの親善試合以来の出場を目指す。</p>
<h2>■3年4か月ぶりに代表に招集されたルイ・サア</h2>
<p>　5人の復活組の中で最も長いブランクの後に復活してきたのがルイ・サアである。サアは2006年11月15日のギリシャとの親善試合以来、3年4か月ぶりの代表入りである。当時マンチェスター・ユナイテッドに所属していたサアは同じプレミアリーグのエバートンに移籍し、今季が3シーズン目である。<br />
　エバートンに移籍してからはほぼ2試合に1得点というそれまでにはないハイペースでゴールを量産している。プレミアリーグはマンチェスター・ユナイテッド、アーセナル、チェルシー、リバプールの四強時代が続いてきたが、今季のエバートンは好調でこの四強の一角を崩す勢いである。サアはジャンプ力に優れ、ゴール前での反応も31歳になった今も衰えることはなく、エバートン躍進の原動力となっている。サアはフランス代表に欠如しているゴール前での強さを補う存在となろう。そして4年前のドイツでのワールドカップではメンバー入りしており、南アフリカへのチケットをつかむことを虎視眈々と狙っている。</p>
<h2>■今回も声がかからなかったパトリック・ビエイラ</h2>
<p>　　一方、今回こそ復活なるか、と期待されながら24人のリストに入らなかったのがパトリック・ビエイラである。2008年の欧州選手権、今回のワールドカップ予選には出場こそないものの、一昨年のルーマニア戦の際には代表に招集され、キックオフ直前までメンバー表に載っていた。そして昨年6月のナイジェリアとの親善試合には主将として出場している。フランス代表がふがいない試合をするたびに真っ先に名前があがるのが33歳のビエイラである。昨年12月まではイタリアのインターミラノに所属していたが、出場機会に恵まれず、年初にイングランドのマンチェスター・シティに移籍している。マンチェスター・シティでは4試合に出場している。ビエイラはセネガルのダカール出身であり、初めてアフリカで行われるワールドカップへの出場を期待していたであろう。フランスのサッカーファンにはビエイラの復帰を期待する声が少なくなかった。しかし、今回もレイモン・ドメネク監督はビエイラをクレールフォンテーヌに招集しなかった。おそらく、ブルーのユニフォーム姿のビエイラを見ることはないであろう。</p>
<h2>■最後の5試合は勝ち星なし、無得点に終わったビエイラ</h2>
<p>　ビエイラはこれまでに代表の試合に107試合出場している。また2006年のワールドカップ以降は出場した試合すべてで主将を務めている。ところが、近年の代表戦での戦績は振るわず、107試合目のナイジェリア戦は0－1で敗れ、106試合目のウルグアイ戦（2007年11月19日）はスコアレスドロー、そしてその前のスペイン戦（2008年2月6日）は0－1の敗戦など、負けまたはスコアレスドローが続き、差代表出場102試合目のスロバキアとの親善試合（2007年8月22日）を最後に勝利から見放されている。ビエイラは自らの代表キャリアの最後の5試合は2分3敗、さらに5試合連続でノーゴールと言う結果に終わっている。このまま代表から引退することは本人にとってもファンにとっても悔いの残ることになるであろう。（続く）</p>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">パトリック・ビエイラ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ルイ・サア</category>
            
            <pubDate>Fri, 05 Mar 2010 05:38:41 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>第1071回　スペインと親善試合(2)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■2月25日に24人の選手を発表</h2>
<p>　今年最初の代表の試合となるスペイン戦だが、前回の本連載で紹介したとおり、ワールドカップ前にメンバーを選考することができる唯一の試合である。したがって、今回のスペイン戦のメンバーに選ばれることは代表入りのラストチャンスに近いものであると考えても差し支えない。<br />
　2月25日にレイモン・ドメネク監督は24人の選手を発表した。GKはウーゴ・ロリス、スティーブ・マンダンダ、セドリック・カラッソの3人、DFはジュリアン・エスクーデ、パトリス・エブラ、ロッド・ファンニ、バカリ・サーニャ、アリー・シッソコ、ジャン・アラン・ブームソン、アディル・ラミ、ミカエル・チアニの8人、MFはラッサナ・ディアラ、ジェレミー・トゥーララン、ムッサ・シソッコ、ブノワ・シェイルー、ヨアン・グルクフの5人、FWはシドニー・ゴブー、ニコラ・アネルカ、ティエリー・アンリ、ロイック・レミ、ハテム・ベンアルファ、ジブリル・シセ、フローラン・マルーダ、フランク・リベリーの8人である。</p>
<h2>■昨年11月のアイルランド戦と7人が入れ替え</h2>
<p>　昨年11月のアイルランド戦と比較すると大幅なメンバー変更である。アイルランド戦も24人のメンバーが選出されたが、約3割の7人が入れ替わっている。GK は3人とも代わっていないが、DFは3人が入れ替わった。ウィリアム・ギャラス、エリック・アビダル、セバスチャン・スキラッチがメンバーからはずれ、ブームソン、ラミ、チアニの3人が加わった。MFではアルー・ディアラとアブー・ディアビが外れ、シェイルーが加わる。FWはカリム・ベンゼマ、アンドレ・ピエール・ジニャックに代わってベンアルファ、シセ、リベリーがメンバーに入る。<br />
　スペイン戦のメンバーから7人の選手が外れているが、その理由は負傷によるところが多い。DF陣のギャラス、アビダル、スキラッチはいずれも怪我のため欠場となる。また、攻撃陣のジニャック、ベンゼマの2人も負傷している。<br />
　今回のスペイン戦に臨む24人のうち、代表試合に出場した経験がないのは、GKのカラッソ、DFのラミ、シソッコとチアニ、MFのシェイルーの5人である。しかし第3GKのカラッソは昨年来、代表に招集され、マンダンダとロリスの控えであった。ラミは2年前のイングランド戦の際に代表に招集されている。シソッコも昨年のアイルランド戦で代表メンバーに加わっている。したがってチアニとシェイルーが初めての代表入りである。</p>
<h2>■兄弟で代表入りしたブノワ・シェイルー</h2>
<p>　シェイルーはマルセイユに所属し、28歳の選手である。3歳年上の兄のブルーノ・シェイルーもサッカー選手であり、フランス代表3試合と言う経歴を持つ。兄ブルーノはレンヌに所属していたが、今年の初めからキプロスのアノルトシス・ファマグスタに移籍してしまっている。昨季のチャンピオンズリーグで旋風を巻き起こしたチームとはいえ、都落ちの感は否めない。弟ブノワの代表入りはシェイルー一家には何よりの朗報であったであろう。</p>
<h2>■ボルドーで活躍するミカエル・チアニ</h2>
<p>　そしてもう1人の新顔がチアニである。校長ボルドーを支えるストッパーである。今季あのワールドカップ予選でウィリアム・ギャラスとコンビを組むもう1人のストッパーの不在が最後までフランスの予選での迷走につながったことは本連載ですでに紹介したとおりである。今回のスペイン戦ではその頼みのギャラスも負傷により欠場となるため、国内リーグやチャンピオンズリーグで好調なチアニの選出となったのである。<br />
　チアニの魅力はストッパーとしての守備だけではない。好機にゴール前で待ち受け、ヘディングシュートを狙っている。本連載第1069回でも紹介したとおり、チャンピオンズリーグの決勝トーナメント1回戦のオリンピアコス戦では前半ロスタイムにグルクフからのFKをヘディングでゴールネットを揺らし、決勝点をあげている。スペイン戦では10番の位置にボルドーのチームメイトであるグルクフが入ることから、ホットラインが代表チームでも見られそうである。<br />
　ワールドカップの開幕まで残り100日となり、強豪スペインに対して新戦力がどのようにプレーするのかが楽しみである。（続く）</p>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">その他のサッカー</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ブノワ・シェイルー</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ミカエル・チアニ</category>
            
            <pubDate>Thu, 04 Mar 2010 21:50:51 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1070回　スペインと親善試合(1)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■今年最初の代表の試合となるスペイン戦</h2>
<p>　前回までの本連載ではフランス勢4チームがすべて勝利した欧州カップの決勝トーナメントの第1戦の模様を紹介した。2月になり、クラブチームの国際試合の機会がやってきた。そして3月に入るといよいよフランスでも代表チームの試合が行われる。昨年までは2月の中旬に代表チームの国際試合が行われていたが、今年は国内のフランスカップ、リーグカップ、そして欧州カップの日程の関係で2月に代表チームの試合を行うことができなかった。今年は6月にワールドカップが開催される年であるが、チーム始動は遅くなり、3月3日にスペインをスタッド・ド・フランスに迎える一戦が今年最初の試合である。</p>
<h2>■3か月半ぶりの試合、親善試合は9か月ぶり</h2>
<p>　フランス代表にとって昨年11月18日のアイルランドとのプレーオフ以来の試合となる。<br />
　代表チームのスケジュールの課題は始動時期や前の試合とのインターバルだけではない。ワールドカップの初戦は6月11日のウルグアイ戦であるが、フランスの試合日程は3月3日のスペイン戦の次は5月26日のコスタリカ戦まで間隔があいている。次のコスタリカ戦の段階ではメンバーは固まっているはずであり、メンバー選考のための試合をすることも不可能である。<br />
　また、スペイン戦は親善試合であるが、フランスにとって親善試合は昨年6月5日のトルコ戦以来9か月ぶりのことである。トルコ戦以降、7試合連続してワールドカップ予選を戦ってきた。ワールドカップ予選は真剣勝負であるが、力量やチーム特性に応じて相手を選ぶことができず、チーム強化と言う点では親善試合のほうが有効である。</p>
<h2>■難しくなった代表の試合の日程調整</h2>
<p>　このように日程を見てみると、3月3日のスペイン戦は前後の試合のインターバルはそれぞれ約3か月もあいており、代表チームは11月半ばから5月下旬までの半年間にこの1試合しか行うことができないのである。この半年間は各クラブのリーグ戦、カップ戦、リーグカップという国内タイトル、チャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグと言う欧州タイトルに選手は忙殺されるのである。<br />
　かつては代表チームの試合は年間を通してコンスタントに行われていたが、近年はこのように代表チームの試合が行われるのは特定の月だけになっている。今後は欧州ではラグビーのウインドウマンスのように代表チームの活動に専念する期間を限定していくようになるのかもしれない<br />
　さらに、ワールドカップや欧州選手権の予選参加国の増加に伴い、予選の試合数が増え、力の拮抗した相手を選ぶことができる親善試合の機会が少なくなった。</p>
<h2>■スペイン戦の持つ3つの意味</h2>
<p>　その限られた機会となった親善試合の相手はスペインである。2008年の欧州選手権を制し、今回のワールドカップ予選も10戦全勝と言う圧倒的な力を誇る。当然世界ランキングも1位である。昨年フランスは12試合行ったが、この12試合のうち、世界ランキング10位以内のチームとの対戦は2月11日に行ったアルゼンチン戦だけである。昨年行った12試合のうち、親善試合を3試合しか行っていないことを考えればやむをえないことであろう。<br />
　また、ワールドカップ本大会までの親善試合は5月26日のコスタリカ戦に続き、30日にチュニジア戦、6月4日または5日に中国戦となっているが、これら3チームはいずれも予選で敗退しており、本大会には出場しない。新チームに切り替えており、力量だけではなく、チームの完成度も低いであろう。さらに、本大会で上位進出のために倒さなくてはならない欧州勢、南米勢との対戦も計画されていない。<br />
　このように考えてみると、スペイン戦の持つ意味は非常に重いと考えられる。第1点として、久しぶりの代表チームの編成であり、クラブで国内外の試合を戦っている選手がブルーノユニフォームでどれだけチームとして機能することができるかと言うことをチェックする貴重な機会であること第2点として本大会に出場する強豪チームと対戦し、チームの強化につなげること。そして第3点として本大会に出場する選手の選考のラストチャンスであること、この3点が3月3日の試合の焦点となるのである。（続く）</p>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">スペイン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">親善試合</category>
            
            <pubDate>Fri, 26 Feb 2010 22:41:44 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1069回　2009-10欧州カップ決勝トーナメント (3)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■現在の本拠地メトロポール競技場で戦うリール</h2>
<p>　リヨンがレアル・マドリッド（スペイン）にホームで勝利と言う幸先のよい出だしとなった今季の欧州カップの決勝トーナメント、リヨン勝利の2日後の2月18日にはヨーロッパリーグでマルセイユとリールが登場する。前々回の本連載で紹介したとおり、マルセイユはFCコペンハーゲン（デンマーク）、リールはフェネルバフチェ（トルコ）とそれぞれ対戦する。<br />
　まずリールは19時キックオフ、マルセイユは21時05分にキックオフ、ちょうどリールの試合が終わった段階でマルセイユの試合が開始する。グループリーグを首位通過できなかったリールはグループリーグを首位で通過したフェネルバフチェと第1戦をホームで戦う。このようなホームアンドアウエー方式の場合、アウエーで第2戦を迎えるのは厳しく、勝利しておきたいところである。リールは近郊のビルヌーブダスクにあるメトロポール競技場でホームゲームを行う。リールは3季ぶりの欧州カップであるが、前回はチャンピオンズリーグに出場しており、UEFAの規定する競技場の収容人員を満たすために、ランスのフェリックス・ボラール競技場やサンドニのスタッド・ド・フランスを使用したが、今季のヨーロッパリーグは現在の本拠地のメトロポール競技場で行う。</p>
<h2>■最少得点差で勝利したリール</h2>
<p>　リールはリーグ戦では3位であるが、年明けの国内のカップ戦ではフランスカップはベスト32決定戦でコルマールにPK負け、そしてリーグカップではベスト8決定戦はレンヌに勝利したものの、準々決勝ではマルセイユに敗れ、残るタイトルは2つになってしまった。<br />
　1万6000人の観衆のうちおよそ5000人がトルコ人という異様な雰囲気の中で試合はキックオフされた。リールは立ち上がりの2分にフローラン・バルモンが先制点を決めるが、フェネルバフチェも5分にゴールを上げ、すかさず同点に追いつく。第2戦にかけるフェネルバフチェはこれで攻撃の手を休める。リールがその後は試合を支配するが、勝ち越し点をあげることなく前半が終わる。<br />
　後半に入り、51分には先制ゴールをあげたバルモンがチャンスをつくり、ピエール・アラン・フローが要約勝ち越し点をあげる。その後、試合は荒れ気味となり、フェネルバフチェは退場者も出し、リールが数的有利になったが、リールは最少得点差で第1戦をものにしたのである。</p>
<h2>■終盤にゴールラッシュを見せたマルセイユ</h2>
<p>　そのリールにリーグカップで勝利したマルセイユはデンマークの首都コペンハーゲンでの試合となる。マルセイユはリーグ5位、2月に入ってからカップ戦を2回戦い、リーグカップはトゥールーズに勝利してボルドーとともに決勝進出を果たしたが、フランスカップはランスに敗れ、ベスト32どまりであった。FCコペンハーゲンとのアウエーの戦い、マルセイユにとってアウエーで引き分けならば合格点と言う相手ではないが、マルセイユはこれといった見せ場を作ることなく前半を終えてしまう。後半も無得点が続くが、残り20分弱で試合は動く。まず、72分にアフリカ選手権に出場できなかったセネガルのママドゥ・ニアンが待望の先制点、ところがその7分後にニアンが痛恨のハンドでPKを与え追いつかれる。しかし、84分にハテム・ベンアルファが勝ち越し点、さらに89分にはブルキナファソ代表としてアフリカ選手権に出場したシャルル・カボレが3点目を上げ、3－1というスコアで第2戦を迎えるのである。</p>
<h2>■ヨアン・グルクフのFKから決勝点が生まれたボルドー</h2>
<p>　そして第2週に登場したのがチャンピオンズリーグのボルドーである。23日にオリンピアコス（ギリシャ）とアウエーで対戦する。リーグ戦でも順調に1位をキープするボルドーはリーグカップでも決勝進出、フランスカップは敗れたものの、国内外のタイトルを密かに狙っている。その攻撃の中心はヨアン・グルクフである。試合は前半ロスタイムのグルクフのFKで決まった。グルクフのFKはゴール前に放り込まれる。ターゲットはストッパーのミカエル・チアニ、チアニがヘディングでゴールネットを揺らし、これが決勝点となる。<br />
　フランス勢は4チームとも第1戦を勝利したのである。（この項、終わり）</p>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">欧州カップ</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ボルドー</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">マルセイユ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">リール</category>
            
            <pubDate>Wed, 24 Feb 2010 21:50:31 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1068回　2009-10欧州カップ決勝トーナメント (2)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■似た者同士のリヨンとレアル・マドリッド</h2>
<p>　いよいよ2月16日がやってきた。フランスのみならず、欧州中のサッカーファンが待っていたチャンピオンズリーグの決勝トーナメント開始の日である。前回の本連載で紹介したとおり、リヨンがホームにレアル・マドリッド（スペイン）を迎える。<br />
　レアル・マドリッドは強豪チームという印象が強いが、国内のリーグ戦では2006-07シーズンと2007-08シーズンは連覇しているが、昨季は2位に終わり、リーグタイトルを逃している。そしてチャンピオンズリーグでは過去5シーズン連続して決勝トーナメント1回戦で敗れている。<br />
　一方のリヨンは国内リーグでは2001-02シーズンから2007-08シーズンまで7連覇を果たしたが、昨季は3位に終わっている。さらにチャンピオンズリーグでも2003-04シーズンから昨季まで6シーズン連続でベスト16と言う成績である。つまり、今季の両チームはリーグタイトルから転落して臨むチャンピオンズリーグであり、過去何年も続いたベスト16の壁を破る機会なのである。<br />
　今季の両チームの成績も似ている。スペインリーグではバルセロナが首位であり、レアル・マドリッドは2位につけている。フランスリーグはボルドーが首位であり、リヨンは4位、そして両チームとも直前の2月13日に行われた国内リーグでは勝利し、よいリズムでチャンピオンズリーグの決勝トーナメントを迎える。</p>
<h2>■過去2度、グループリーグで対戦</h2>
<p>　この両チームはこれまでのチャンピオンズリーグで2度（4試合）対戦したことがある。いずれもグループリーグでの対戦であり、最初は2005-06シーズン、グループFでの対戦である。両チームは開幕戦で対戦する。2005年9月13日にリヨンで行われたこの試合、リヨンの攻撃陣が好調で、リヨンが3－0と勝利する。11月23日にマドリッドで行われた試合では1－1のドローになり、リヨンはこのマドリッドでの試合以外は全勝し、5勝1分で首位通過、レアル・マドリッドも2位で決勝トーナメントに進出している。<br />
　翌年も両チームは同じグループリーグで対戦することとなる。奇しくも1年後の2006年9月13日、再び両チームはリヨンで対戦する。そしてこの試合もリヨンは2－0と勝利する。そして11月22日にマドリッドで行われた試合は2－2のドローとなり、最終的なグループリーグの成績はリヨンが首位、レアル・マドリッドが2位となり両チームが決勝トーナメントに進出する。そして両チームとも決勝トーナメント1回戦で敗れ、歴史は繰り返したのである。</p>
<h2>■初めて決勝トーナメントで対戦</h2>
<p>　そして、今回は決勝トーナメントで対戦することになった。リヨンは過去2回の対戦ではいずれも先にホームゲームを行い、勝利している。そしてアウエーの第2戦でも負けていない。今回も先にホームゲームを行う。過去2回と同様にホームで先勝したいところである。<br />
　エル・ブランコと呼ばれるレアル・マドリッドはその名の通り白いユニフォーム、ホームのリヨンは黒いユニフォームで白い巨人を迎える。試合は立ち上がりからリヨンがチャンスをつかむ。試合開始早々からとく転移は結びつかないが、立て続けに好機をつかむ。試合は次第にレアル・マドリッドがボールを支配するようになるが、リヨンのカウンターアタックは鋭く、得点の気配がするのは地元のリヨン、と言う中で前半が終了する。</p>
<h2>■アフリカ選手権帰りのジャン・マクーンの決勝ゴール</h2>
<p>　そして後半開始早々にビッグプレーがジェルランの4万人の超満員の観衆を沸かせる。47分、リヨンのジャン・マクーンがロングシュートを放つ。レアル・マドリッドの名手イケル・カシージャスのセービングも届かず、ゴールネットをきれいに揺らす。マクーンはカメルーン代表、1月中旬から行われたアフリカ選手権に出場したが、3試合に出場しながら無得点、チームも決勝トーナメント1回戦で敗れてしまった。もちろん6月のワールドカップが今年最大の目標であるが、所属チームのリヨンでタイトルが欲しいところである。<br />
　リヨンのGKウーゴ・ロリスが今季最高の試合と評するように、リヨンは白い巨人レアル・マドリッドにホームで3連勝、幸先よいスタートで決勝トーナメント1回戦突破に向けて前進した。（続く）</p>]]></description>
            <link>http://www.jpmoins.com/column/no1068.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">欧州カップ</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ジャン・マクーン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">リヨン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">レアル・マドリッド</category>
            
            <pubDate>Tue, 23 Feb 2010 23:20:49 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1067回　2009-10欧州カップ決勝トーナメント (1)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■フランスから4チームが決勝トーナメントに進出</h2>
<p>　フランスのサッカーファンにとって、1月はリーグ戦、フランスカップ、リーグカップと国内タイトルを争う1か月間であった。フランス国内で国際試合がないことから、前回まで紹介したアフリカ選手権に関心を持つと言うことも考えられるであろう。<br />
　その国際試合から遠ざかったフランスのファンにめぐってきた国際試合が、欧州カップの決勝トーナメントである。16チームで争われるチャンピオンズリーグ、そして32チームで争われるヨーロッパリーグともに2月16日から熱戦の火蓋が切って落とされた。<br />
　フランスからはチャンピオンズリーグにはボルドーとリヨン、UEFAカップにはリールとマルセイユが出場することはこれまでの本連載で紹介してきたとおりである。</p>
<h2>■過密スケジュールのボルドーには福音となった日程変更</h2>
<p>　今年はこのチャンピオンズリーグの決勝トーナメントの日程面で変更があった。昨年までは第1戦を行った翌週あるいは翌々週に第2戦が行われていたが、クラブによっては過密日程になるため、1回戦の期間を4週間にし、第1週あるいは第2週に第1戦、第3週あるいは第4週に第2戦を行うようになった。これはリーグ戦以外のカップ戦などの試合も行われるため、それらの試合と日程面で重なり合わないようにするためのものである。<br />
　今回の変更はボルドーにとっては福音となった。ボルドーはリーグ戦を首位で走っているが、フランスカップ、リーグカップも順調に勝ち進んでいる。フランスカップは1月に行われたベスト32決定戦とベスト16決定戦を突破する。また、リーグカップも1月末のベスト8決定戦から参戦したが、ルマンとの初戦を突破し、2月2日に行われた準々決勝ではスダンを1－0と下している。この結果、ボルドーの2月中旬は過密スケジュールとなり、10日にフランスカップのベスト8決定戦（ホームでモナコ戦）、14日にフランスリーグ第24節（ホームのサンテエチエンヌ戦）、17日にリーグカップ準決勝（アウエーのロリアン戦）、20日にフランスリーグ第25節（ホームのオセール戦）と11日間に4試合を行うと言う過密スケジュールである。<br />
　ボルドーは決勝トーナメント1回戦を第2週の2月23日に行うことになり、ギリシャのオリンピアコスと対戦する。</p>
<h2>■レアル・マドリッドと対戦するリヨン</h2>
<p>　フランス勢として最初に欧州カップの決勝トーナメントに臨むのはリヨンであり、2月16日に登場する。リヨンは本連載第1042回で紹介したとおり、グループリーグでは首位をフィオレンチーナ（イタリア）に譲り、2位に終わっている。グループ2位で決勝トーナメントに進出した場合、1回戦ではグループリーグを首位で突破したチームと対戦しなくてはならず、さらに第2戦をアウエーで戦わなくてはならない。昨年秋のワールドカップ予選のプレーオフのフランス－アイルランド戦でもフランスは第2戦をホームで戦ったが、この試合順が逆で第1戦をフランス、第2戦をアイルランドで行っていた場合、南アフリカ行きのチケットの行方は異なっていたかもしれない。<br />
　抽選の結果、リヨンの1回戦の相手はスペインのレアル・マドリッドになった。近年はスペイン国内のライバルであるバルセロナに盟主の座を譲っているが、手ごわい相手であることに間違いはない。グループリーグではACミラン（イタリア）、マルセイユを押さえて主になっており、久々の欧州王者への意欲は高い。<br />
　リヨンにとってはグループリーグの最終戦で思い通りのゴールラッシュを成功させながら、フィオレンチーナがロスタイムにリバプール（イングランド）であげた決勝点で、グループ1位を逃し、重い1回戦になった。</p>
<h2>■マルセイユ－FCコペンハーゲン、リール－フェネルバフチェ</h2>
<p>　そしてヨーロッパカップであるが、第1戦は2月18日、第2戦は25日に行われる。チャンピオンズリーグのような措置が取られなかったのは、決勝までの試合数が多いこと、チームの力がやや落ちることから過密スケジュールにならないと言う判断であろう。<br />
　マルセイユはチャンピオンズリーグから転戦してきた8チームのうち、グループリーグでの成績がよい上位4チームに入ったためシード権を得る。そしてリールがグループリーグでは2位だったためシード権を得られなかった。マルセイユはFCコペンハーゲン（デンマーク）、リールはフェネルバフチェ（トルコ）とそれぞれ対戦するのである。（続く）</p>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">欧州カップ</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ボルドー</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">マルセイユ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">リヨン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">リール</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">レアル・マドリッド</category>
            
            <pubDate>Fri, 19 Feb 2010 20:49:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1066回　2010年アフリカ選手権(7)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■姿を消したアンリ・ミッシェル、クロード・ルロワ、アンリ・カスペルチャック</h2>
<p>　本シリーズの最終話となったが、今大会で現れた2つの変化を紹介しよう。<br />
　前々回はガボンのアラン・ジレス監督、カメルーンのポール・ルグアン監督を紹介したが、彼ら2人はいずれも初めてのアフリカ選手権である。これまでアフリカの代表チームのフランス人監督として活躍してきたアンリ・ミッシェルやクロード・ルロワ、アンリ・カスペルチャックなどの名前が見当たらない。<br />
　アフリカ諸国で数多くのチームを率いたミッシェルは前回大会ではモロッコ代表の監督として出場したが、グループリーグで敗退し、解任されている。その後は南アフリカのマメロディ・サンダウンズ、エジプトのアル・ザマレクというアフリカの強豪クラブを率いたが、代表チームの監督として声はかからず、今回のアフリカ選手権には出場していない。ポーランド系フランス人のカスペルチャックは前回大会のセネガル以外にマリ、モロッコ、ｋ￥チュニジア、コートジボワールとアフリカの代表チームの監督を歴任している。2008年には故国ポーランドのグルニク・ザブジェの監督を務めたが。その半年後には成績不振で監督の座を奪われた。<br />
　1988年大会でカメルーンを率いて優勝を果たしたルロワは前回大会はガーナを率いて3位に導いたが、その後ガーナを離れ、オマーンの代表監督になっている。<br />
　このように見てみると従来アフリカで活躍してきたフランス人監督たちが退き、ジレスとルグアンという初顔監督になったと言うことはフランスサッカーにとっては大きな転換点になるのかもしれない。</p>
<h2>■アフリカ選手権に大量8人を送りこんだニース</h2>
<p>　そしてこのアフリカ選手権はフランスのクラブから大量に選手が参加するため、影響を受けるフランスのクラブがある。今回の場合、ニースがそうである。ハビブ・バモゴ（ブルキナファソ）、ミカエル・ポテ（ベナン）、エメルス・ファエ（コートジボワール）、エリック・ムールンギ（ガボン）、マハナン・トラオレ、ママドゥ・バガヨコ（マリ）、オニェカチ・アパム（ナイジェリア）、シャウキ・ベンサーダ（チュニジア）と8人もの選手がアフリカ選手権に出場するために年明けから1月一杯、所属チームを離れた。</p>
<h2>■長いトンネルから抜け出せないニース</h2>
<p>　ニースは11月には4連勝して順位を9位まで上げたが、11月22日のトゥールーズ戦を最後に勝ち星から見放され、リーグ戦の前半戦を終えた段階で16位と低迷する。年明けから巻き返しを図りたいところであったが、大量の選手をアフリカ選手権に奪われ、年明け最初のフランスカップベスト32決定戦ではナショナルリーグのプラベネックに敗れる。本連載第1054回で紹介したとおり、1部チームでは唯一下部のリーグのチームに敗れてしまったのである。これはアフリカ選手権組を失ったことが大きく影響しているであろう。ニースは泥沼から抜け出すことができなかった。1月にはリーグ戦が3試合行われたが、3試合とも敗れており、リーグ戦では9試合勝ちから見放された。<br />
　アフリカ選手権から選手が戻ってきた2月6日のホームでのリール戦でもベンサーダが先制点をあげたものの、後半に追いつかれ引き分けに終わる。さらに翌週の13日に行われたバランシエンヌ戦でも1－2と敗れ、リーグ戦で11試合連続引き分け以下であり、後遺症が残っているのである。</p>
<h2>■日本のファンが注目したブルキナファソのウィルフリード・サヌ</h2>
<p>　さて、今回のアフリカ選手権は日本でも注目を集めたようである。それはブルキナファソのウィルフリード・サヌがドイツの1FCケルンから日本の浦和レッドダイヤモンズに移籍した直後だったからであろう。ブルキナファソはトーゴの出場辞退によりグループリーグを2試合しか戦わず、サヌには出場機会がなかった。<br />
　もしもサヌが出場していれば、日本のクラブから初めてアフリカ選手権に出場した選手となったのである。アフリカ選手権がシーズン中盤の欧州のクラブに与える影響は前述のニースのように少なくはない。ちょうどシーズンオフとなる日本のクラブに所属していれば、その影響は少ない。今後アフリカのトッププレーヤーはアフリカ選手権との日程面から日本のクラブを選択するケースが多くなるであろう。（この項、終わり）</p>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ニース</category>
            
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            <pubDate>Wed, 17 Feb 2010 05:37:12 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>第1065回　2010年アフリカ選手権(6)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■アフリカサッカーの盟主、カメルーン</h2>
<p>　前回の本連載では今回のアフリカ選手権に出場した2人のフランス人監督のうち、まずガボンのアラン・ジレスを紹介したが、今回はカメルーン監督のポール・ルグアンを紹介しよう。<br />
　前回紹介したとおり、ガボンはアフリカ選手権は5大会ぶり4回目の出場、そしてワールドカップ出場は今までにない。一方、カメルーンは、アフリカ選手権は4回優勝を果たし、今回が16回目の出場である。ワールドカップも1982年大会に初出場し、1990年大会から2002年大会まで4大会連続出場、前回の2006年大会こそ僅差でドイツ行きのチケットを逃したが、アフリカサッカーの盟主であるといっても差し支えないであろう。</p>
<h2>■ブルターニュ出身、ブレストからパリサンジェルマンへ</h2>
<p>　その強豪カメルーンを率いるのがルグアンである。ルグアンは1964年生まれであり、前回紹介したジレスと同じ辰年の生まれである。ブルターニュの最西端にあるフィニシテール県で生まれ、1983年にブレストに移籍し、プロとしてデビューを果たしている。才能豊かな選手であるが、地元のクラブでプロになったのは大学で経済学を学んでいたからである。1984年には念願の1部リーグのデビューを果たす。したがって晩年のジレスともリーグ戦で対戦している。ブレストでは守備的MFとしてコンスタントに試合に出場していたが、チームは財政的な問題もあり、2部に降格してしまう。<br />
　ルグアンも2部でプレーしたが、1989年にはナントに移籍する。このチームで知り合ったのがディディエ・デシャンである。<br />
　そして1991年にはちょうどビッグクラブ宣言をしたばかりのパリサンジェルマンへと移籍する。パリサンジェルマンにはブレスト時代にチームメートであったバンサン・ゲラン、パトリック・コレテールも同時期に移籍してくる。パリサンジェルマンはルグアンの在籍時期にリーグ優勝1回、フランスカップ優勝3回、リーグカップ優勝2回という好成績を収めている。ルグアン自身も1993年2月のワールドカップ予選のイスラエル戦で代表にデビューを果たす。1994年にはキリンカップで訪日しており、ジレス同様日本の皆様にとってはなじみの深いフランス人選手であろう。</p>
<h2>■レンヌ、リヨンの監督として実績を残す</h2>
<p>　1998年のワールドカップの地元開催の直前に現役を引退し、ルグアンは引退してすぐにレンヌの監督に就任した。レンヌでルグアンは手腕を発揮し、リーグ戦で上位に進出させるとともにインタートトカップに出場し、ジネディーヌ・ジダン率いるユベントス（イタリア）に勝てばUEFAカップ決勝というところまでチームを引き上げた。レンヌで3季監督を務めたのち、監督の座を去り、1年間充電した。<br />
　この充電済みのルグアンを獲得したのがジャック・サンティーニを代表の監督に奪われ、黄金時代が始まったばかりのリヨンであった。ルグアンはリヨンの監督を3季務めてリーグ戦を3連覇、監督としての才能を発揮する。<br />
　2006年の夏からルグアンはグラスゴー・レンジャーズ（スコットランド）の監督を務めるが、半年で辞任する。辞任したルグアンを待っていたのは古巣のパリサンジェルマンであった。2006-07シーズンのパリサンジェルマンは泥沼状態であった。ルグアンを招聘したものの、好転はせず、ルグアン自身も就任以来黒星が続き、得意のカップ戦でも敗退してしまう。ようやくのことで1部に残留したのであった。翌季はリーグカップ優勝、フランスカップ準優勝とタイトルを獲得する。しかしながら3季目の2009年夏でパリサンジェルマンの監督の座を退いたのである。</p>
<h2>■カメルーンを立て直し、ワールドカップ出場に導く</h2>
<p>　そのルグアンを2009年夏に待っていたのがカメルーン代表である。2010年のワールドカップ予選兼アフリカ選手権予選の最終予選は2009年6月に始まっていたが、カメルーンは初戦でトーゴに敗れ、第2戦ではホームでモロッコと引き分け、ルグアン就任の段階でカメルーンは最下位であった。しかし、ルグアン就任とともにカメルーンは息を吹き返す。残り4試合を4連勝し、見事に首位となり、アフリカ選手権はもちろん、ワールドカップの出場権も手にした。<br />
　そして、アフリカ選手権の本大会では決勝トーナメントに進出し、準々決勝で優勝したエジプトに敗れている。ルグアン率いるカメルーンは南アフリカでも期待できそうである。（続く）</p>

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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">カメルーン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ポール・ルグアン</category>
            
            <pubDate>Sun, 14 Feb 2010 23:57:19 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1064回　2010年アフリカ選手権(5)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■主要個人タイトルを独占したエジプト勢</h2>
<p>　前々回ならびに前回の本連載ではフランスのクラブに所属する選手のアフリカ選手権での活躍ぶりを紹介したが、フランスとは縁の薄いチームが上位を占め、大会の最優秀選手はアメド・ハッサン得点王は5得点のモハメド・ネギ・ゲド、そして最優秀GKはエサム・エルハドリとエジプト勢が独占した。<br />
　ベストイレブンについてもフランスのクラブに所属している選手はガーナのアサモア・ギャン（レンヌ）だけであった。フランスは、大会に出場している選手の所属チームの国別分布では最多となる59人を送り込んでいるが、その中で表彰されたのが1人だけというのは寂しい気がする。また前回の本連載で紹介したアルジェリアのマジド・ブゲラもベストイレブンに選出された。ブゲラは現在グラスゴー・レンジャーズ（スコットランド）に所属しているが、以前はグーニョンに所属していた。ブゲラのようにかつてフランスのクラブに所属していた選手でベストイレブンに入ったのは、他にはナイジェリアのピーター・オデンウィンギー（ロシアのロコモティフ・モスクワ、かつてはリールに所属）だけである。フランスのサッカーファンとしては物足りない大会となった。</p>
<h2>■2人のフランス人監督</h2>
<p>　そしてこの大会はフランスのクラブに所属する選手だけが注目を集めるだけではない。毎回多くのフランス人監督がアフリカのチームを率いているのである。今大会にはフランス人監督が2人だけ出場した。カメルーンのポール・ルグアンとガボンのアラン・ジレスである。2人の共通点はフランス代表の名選手であるということである。</p>
<h2>■「フランスの伊東輝悦」と言われるアラン・ジレス</h2>
<p>　ジレスは1952年生まれ、身長163センチと小柄であったが、フランス代表として1982年と1984年のワールドカップ、そして1984年の欧州選手権の主力メンバーとして活躍しており、フランス代表の最初の黄金時代を築いた選手である。<br />
　また、ボルドーに長年所属し、1984-85シーズンにはチャンピオンズカップで準決勝に進出、準決勝ではフランス代表の黄金期を築いたミッシェル・プラティニのユベントス（イタリア）と戦っている。そして1985年の初めには訪日し、神戸と東京で日本代表と戦っていることから日本のファンの皆様もよくご存じの選手であろう。フランスリーグには通算で586試合に出場している。これはフィールドプレーヤーとしては歴代最多である。（GKとしてはジャン・リュック・エトリの602試合が最多）「フランスの伊東輝悦」と称してもおかしくない選手であろう<br />
　現役の晩年は低迷していたマルセイユに移り、選手としてのキャリアを1988年に終えたが、1986年のマルセイユへの移籍は2部落ちした名門マルセイユを立て直すために大物会長のベルナール・タピが有力選手をスカウトしたからである。タピがまず獲得したのがボルドーのジレスとシュツットガルト（当時西ドイツ）に所属していた西ドイツ代表のカール・ハインツ・フォスターであった。マルセイユはボルドーにこの年のフランスカップ決勝で敗れたばかりであり、西ドイツにはフランスがメキシコワールドカップの準決勝で敗れたばかりである。そのように地元ファンにとっては仇敵とも言えるチームから主力選手を獲得したタピという男の手腕なしにマルセイユは復活しなかった。ジレスはマルセイユではこれといったタイトルは手にしていないが、ボルドーのファンだけではなく、マルセイユのファンにとっては忘れられない選手である。</p>
<h2>■ガボンを10年ぶりの本大会に導いたジレス</h2>
<p>　そのジレスの引退後のキャリアであるが、1995年にトゥールーズの監督に就任する。2年半トゥールーズの監督を務めた1998年にパリサンジェルマンの監督に招聘される。ビッグクラブの監督として期待されたが、リーグ戦では振るわず、さらにカップウィナーズカップでは格下のマッカビ・ハイファ（イスラエル）に敗れ、再びトゥールーズに戻る<br />
　現役時代からロジェ・ミラ（カメルーン）などと親交の深かったジレスは2001年にモロッコのラバトの監督になる。これがアフリカとの出会いである。そして2004年から一時期欧州に戻りグルジアの監督を務めたのち、2006年にガボンの監督となり、2010年のアフリカ選手権出場を果たした。ガボンにとってアフリカ選手権出場は、2000年大会以来5大会ぶり4回目の快挙だったのである。（続く）<br />
　
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">アラン・ジレス</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ガボン</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">フランス人監督</category>
            
            <pubDate>Thu, 11 Feb 2010 17:20:53 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1063回　2010年アフリカ選手権(4)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■グループリーグを突破したフランス勢は半数以下の24人</h2>
<p>　前回の本連載ではフランスのクラブからアフリカ選手権に出場している選手について量的な面から紹介したが、今回はその質的な側面から分析してみよう。<br />
　まず、59人の選手のうちグループリーグを突破することができたのは半数以下の24人であった。フランスから独立した国は今回8チームが出場し、そのうち決勝トーナメントに進んだのはアルジェリア、コートジボワール、カメルーンの3か国、さらに11人を擁するマリ、9人を抱えるガボンとベナンがグループリーグで敗退したことから、このような数字になった。</p>
<h2>■フランスから独立した国が優位となるのは1980年代半ば以降</h2>
<p>　今大会の決勝はエジプトとガーナの間で行われたが、歴史を紐解くと、この大会の初期はアラブ諸国または英国から独立した国が上位を占めていた。第5回となる1965年のチュニジア大会は初めてフランス語圏で行われた大会であり、開催国チュニジアはフランスから独立した国として初めて決勝に進出している。フランスから独立した国として初優勝を成し遂げたのが1976年の第10回大会でのモロッコであった。（エチオピアで行われたこの大会は大会史上唯一リーグ戦方式で優勝を争った。）<br />
　フランスから独立した国が優位に立つようになったのが1984年にコートジボワールで開催され、カメルーンが優勝した第14回大会である。第13回大会までを前半、第14回大会以降を後半とすると、フランスから独立した国の優勝回数は、前半は13大会中2回、後半は14大会中7回と明らかな違いがある。<br />
　フランス以外から独立した国同士の決勝は最近では珍しいケースであり、第21回大会となる1998年のブルキナファソ大会でのエジプト－南アフリカ戦以来のことである。また、フランスから独立した国で4強に残ったのは、大会前の評価が最も低かったアルジェリアだけであった。過去2大会の優勝はエジプトであったが、決勝の相手は前回大会がカメルーン、前々回の大会はコートジボワールである。そして3大会前はチュニジアとモロッコと言うフランスから独立したマグレブ諸国同士の戦いであった。</p>
<h2>■フランスリーグに所属するフランス語圏以外の有力選手</h2>
<p>　前回のワールドカップに出場したトーゴが大会前の銃撃事件で出場を取りやめたこともフランスのサッカーファンにとっては打撃であり、さらにフランスから独立した国の成績は低調であった。にもかかわらず、今年の早春もフランスのサッカーファンはアフリカの大地で繰り広げられる大会に釘付けになった。<br />
　この大会にフランスリーグから出場する有力選手はマルセイユのタイエ・タイウォ（ナイジェリア）、レンヌのアサモア・ギャン（ガーナ）、2部のアルル・アビニョンのアンドレ・アイェウ（ガーナ）など不思議なことにフランス語圏以外の国の選手が目立つ。<br />
　フランス語圏の選手は若手選手が多く、2部以下のチームに所属していたり、1部のクラブの場合は控えに甘んじていたりするケースが多い。</p>
<h2>■フランスリーグを卒業したフランス語圏の選手たち</h2>
<p>　むしろ目立つのはフランスリーグを卒業し、プレミアリーグやリーガエスパニューラのチームに移籍した選手である。2003年のコンフェデレーションズカップでも活躍したカメルーンのアシール・エマナは、7年間所属していたトゥールーズを2008年に離れ、スペインのレアル・ベティスに移籍している。<br />
　例えば、マリのセイドゥ・ケイタ、1999年にブルキナファソで開催されたワールドユースの最優秀選手である。当時はマルセイユに所属し、その後ロリアンやランスに所属したが、2007年にはスペインのセビリアに移籍、その翌年にはバルセロナへと世界有数のクラブへ移っている。<br />
　2大会連続でアフリカ選手権出場となるアルジェリアのカリム・ジアニは、フランス生まれで昨年までマルセイユに所属していた。しかし、現在はドイツのウォルフスブルクに移籍してしまった。同じくアルジェリアのマジド・ブゲラもフランス生まれであり、グーニョンにかつては所属していたが、ドーバー海峡を渡り、プレミアリーグでの活躍を経て、現在はスコットランドのグラスゴー・レンジャーズに所属している。<br />
　このようにフランス語圏出身でフランスのクラブでプロデビューし、欧州の他国のビッグクラブに移籍した選手の活躍を見るのもフランスのサッカーファンの楽しみなのである。（続く）</p>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">アフリカ選手権</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">フランス語圏</category>
            
            <pubDate>Tue, 09 Feb 2010 00:42:46 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第1062回　2010年アフリカ選手権(3)</title>
            <description><![CDATA[<h2>■ワールドカップ組が不振だった前回大会</h2>
<p>　ワールドカップ出場をプレーオフの末に逃したエジプトが優勝した今回のアフリカ選手権であったが、前回の本連載で紹介したとおり、ワールドカップに出場する5チームの成績は上々であった。5チームの成績は、ガーナが準優勝、ナイジェリアとアルジェリアが4強、そしてカメルーンとコートジボワールが8強であり、すべてのチームがグループリーグを突破している。<br />
　4年前の大会と比較してみよう。2006年大会はエジプトで開催されたが、この時の予選も2006年ワールドカップ予選と兼ねて行われた。アフリカからのワールドカップ出場枠は5であり、トーゴ、ガーナ、コートジボワール、アンゴラ、チュニジアがドイツ行きのチケットを手にし、その前哨戦としてエジプトでのアフリカ選手権に臨んだ。しかしながらこれらの5か国の中でグループリーグを勝ち抜いたのはコートジボワールとチュニジアの2か国だけであった。しかも両チームともグループリーグで首位を奪うことができず、2位通過であった。トーゴとアンゴラは同じグループBで戦ったが、共倒れで、コンゴ民主共和国とカメルーンの決勝トーナメント行きを許した。そして決勝トーナメントに進出したチュニジアは準々決勝でナイジェリアにPK負け、コートジボワールは決勝まで残ったものの、エジプトに決勝で敗れている。</p>
<h2>■ワールドカップでも低調だったアフリカ勢</h2>
<p>　そして4か月後のドイツでのワールドカップではアフリカ勢は低調で、ガーナが決勝トーナメントに進出しただけで、それ以外の4チームはグループリーグで敗退している。イタリアに次ぐグループ2位で決勝トーナメントに進出したガーナもブラジルの前に0－3となすすべもなく敗れている。<br />
　このように考えると今回のワールドカップ出場組はこのアフリカ選手権に周到な準備をして臨んでおり、6月から7月にかけて南アフリカで大活躍をすることも想定される。</p>
<h2>■トーゴの辞退により前回を下回る出場者</h2>
<p>　さて、毎回、アフリカ選手権が注目を集めるのはフランスと縁の深い選手や監督が多数出場するからである。今大会にはフランスリーグから59人の選手が出場している。これは前回の2008年大会の60人とほぼ同じであるが、それ以前の2006年大会の72人、2004年大会の77人、2002年大会の67人よりも減少している。しかし、今回はトーゴが出場辞退しており、トーゴ代表の選手の中で8人はフランスのクラブに所属していた。もしもトーゴが参加していれば、前大会よりも多く、2002年大会と同様の67人の選手がフランスからアフリカ選手権に出場していたはずである。<br />
　フランスはアフリカに多くの植民地を抱えていたことから、フランスから独立した国の選手がフランスリーグで活躍する例が中心である。今大会に出場する16か国のうち8か国がフランスから独立した国である。これら8チームにはすべてフランスのクラブの所属する選手がおり、50人の選手がエントリーしている。マリが一番多く11人、ガボンとベナンが9人、カメルーンが7人、コートジボワールが5人、チュニジア、アルジェリア、ブルキナファソがそれぞれ3人である。<br />
　その一方で、フランス以外の国から独立した国のチームにも、ガーナ、ナイジェリア、アンゴラにフランスのクラブに所属している選手がいる。ガーナとナイジェリアは英国から、アンゴラはポルトガルから独立した国である。ナイジェリアには4人、ガーナには3人、アンゴラには2人、フランスのクラブに所属している選手がいる。</p>
<h2>■強豪国では薄れる旧宗主国との関係</h2>
<p>　従来はアフリカの選手が欧州でプレーする場合、旧宗主国のクラブに所属するケースが圧倒的であった。しかしながら、最近は実力のある選手はイングランドのプレミアリーグやイタリアのセリエA、あるいはスペインのリーガエスパニョーリャに所属する有力クラブへ移籍し、その次のクラスの選手がフランスのクラブを選択するようになってきている。<br />
　その結果として、ワールドカップに出場する5チームにはいずれもフランスのクラブに所属している選手がいる。フランスから独立したカメルーンには7人、コートジボワールには5人、アルジェリアには3人、そして英国から独立したナイジェリアには4人、ガーナには3人といずれもフランスのクラブに所属している選手がおり、同様にプレミアリーグにも選手を送り込んでいるのである。<br />
　このように強豪国では旧宗主国との関係が薄れてきたのは事実であるが、それでも2年に1回、フランスのサッカーファンのこの大会への関心は高いのである。（続く）</p>
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            <pubDate>Sun, 07 Feb 2010 00:24:55 +0900</pubDate>
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