第3731回 フランス勢と欧州カップ準決勝(2) 1990年代以降好成績を残したマルセイユ、モナコ、パリサンジェルマン
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■ベルナール・タピ会長の下で1993年にチャンピオンズリーグで優勝したマルセイユ
フランスのクラブとして8番目に欧州カップで準決勝に進出したのがマルセイユである。長い歴史を誇るマルセイユであるが、黄金期を迎えたのは1986年にベルナール・タピが会長に就任してからのことである。当時は外国人枠が限定されていたが、積極的な選手補強で強化した。1986-87シーズンのフランスカップでは決勝に進出し、ボルドーに敗れたが、ボルドーがリーグ戦でも優勝したため、1987-88シーズンのカップウィナーズカップの出場権を得た。タピ体制下で初めての欧州カップ出場となり、マルセイユは準決勝まで勝ち進み、アヤックス(オランダ)に敗れた。
1988-89シーズンにフランスリーグで17年ぶりに優勝するとチャンピオンズカップでも上位の常連となる。1989-90シーズンは準決勝でベンフィカ(ポルトガル)に敗れたが、この時のベンフィカのバータのハンドが認められなかったことはいまだにマルセイユのファンの語り草である。翌年の1991年の準々決勝ではACミラン(イタリア)との初対決を制し、決勝に進出、ユーゴスラビア(当時)のレッドスター・ベオグラード相手に一方的に押し込みながら、延長戦を終えてもスコアレスでPK戦で優勝を逃す。1992年は2回戦でスパルタ・プラハ(チェコ)に敗れたが、1993年には決勝でACミランを下して優勝を果たす。
■八百長問題以降も欧州カップでは好成績を残したマルセイユ
ただ、このシーズンの国内リーグでの八百長問題で、マルセイユは一気に凋落してしまう。2部に降格した時期もあり、次にタイトルを獲得するのは2009-10シーズンの国内リーグまで待たなくてはならず、さらに2011年にパリサンジェルマンがカタール資本となったことからその後は国内タイトルから遠ざかっている。しかし、欧州カップではその後、好成績を残し、1999年にはUEFAカップで準優勝、ヨーロッパリーグとなってからも2004年と2018年に準優勝しており、新設されたカンファレンスリーグでは2022年に準決勝進出、直近の準決勝進出は2024年のヨーロッパリーグと9回の準決勝進出を誇る。
■欧州で振るわないリヨン、欧州で結果を残したモナコ
国内の成績と欧州の成績が逆だったという点では7連覇中のリヨンは一度も欧州カップで準決勝に進出できなかった。準決勝に進出したのは7連覇後の2010年と2020年のチャンピオンズリーグ、2017年のヨーロッパリーグである。
1990年のカップウィナーズカップで準決勝に進出したモナコも、国内でのタイトルよりも欧州での活躍の目立つチームである。1992年にはカップウィナーズカップで準優勝、チャンピオンズカップがチャンピオンズリーグとなり、ハードルが高くなってから1994年、1998年、2004年、2017年と4回準決勝に進出、このうち2004年は決勝に進出している。UEFAカップでも1997年に準決勝に進出した。
■オセールの2日後にセミファイナリストとなったパリサンジェルマン
10番目のセミファイナリストはオセールである。1993年にUEFAカップで準決勝に進出、ボルシア・ドルトムント(ドイツ)と対戦し、オセールはアウエーの第1戦を0-2と落とし、オセールでの第2戦は90分を終えた時点で2-0とリード、延長では両チーム無得点、PK戦で敗れている。
そのオセールより2日遅れで同じUEFAカップで準決勝出場を果たしたのがパリサンジェルマンである。1993年3月18日に行われたレアル・マドリッドとの劇的な準々決勝第2戦で勝利してから5年連続で準決勝進出(1994年、1996年、1997年はカップウィナーズカップ、1995年はチャンピオンズリーグ)、1996年にはカップウィナーズカップで優勝している。
その後は国内外で停滞が続いたが、2011年にカタール資本となってから国内では無敵状態となる。毎年チャンピオンズリーグに出場するが、なかなか上位進出はならなかった。国内では圧倒的な強さを誇りながら、欧州では勝てない7連覇中のリヨンと同じ歴史をたどるのかと思われたが、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大期にクラブの歴史が変わったのである。(続く)
