第3568回 パリサンジェルマン、ついに優勝 (7) 初優勝に向けて盛り上がるパリ

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■招待用のチケットを確保したパリサンジェルマン

 パリサンジェルマンとインテル・ミラノ(イタリア)は不思議なことにこれが欧州カップで初対決となる。試合前の予想はコンディション面で恵まれているパリサンジェルマン優勢、ただ、決勝トーナメントに入って得点力をあげ、準決勝ではバルセロナとの壮絶な得点の奪い合いを制したインテル・ミラノの勢いも侮れない。
 5月31日にドイツのミュンヘンのアリアンツ・アリーナで行われる決勝、両チームには1万8000枚のチケットが割り当てられたが、これはシーズンチケットホルダーに販売される。パリサンジェルマンは招待客のために追加の費用を払って全部で2万枚の座席を確保した。

■ミュンヘンに駆けつけた往年の名選手たち

 クラブとしてVIPだけではなく、従業員、サポータークラブのリーダー、そして過去の在籍選手も招待した。過去の在籍選手には1990年代の選手としてはアラン・ロッシュ、バンサン・ゲラン、ダニエル・ブラボー、バウド、パウレタ、今世紀に入ってからはギヨーム・オラオ、ジェレミー・メネス、エリック・ラブサンドラタナ、そして2011年のカタール資本となってからのメンバーではハビエル・パストーレ、マルコ・ベラッティがそろった。また、選手と監督として在籍したルイ・フェルナンデスと本連載第3555回で紹介した1993年のUEFAカップ準々決勝のレアル・マドリッド(スペイン)戦で決勝点を決めたアントワン・コンブアレはテレビ中継の解説者として放送席に座った。

■パブリックビューイングが行われるパルク・デ・プランスの最寄り駅の駅名表示を変更

 パリサンジェルマンのシーズンチケットの所有者は3万6000人、そのうち、ミュンヘンに行くことができるのは1万8000人だけである。クラブはミュンヘンに行くことのできないシーズンチケットホルダー、そして一般のファンのために、本拠地のパルク・デ・プランスではパブリックビューイングを実施した。収容人員4万8000人のパルク・デ・プランスに3万8000席を用意した。
 そしてパルク・デ・プランスのメトロの最寄り駅のポルト・ド・サンクルー駅はチャンピオンズリーグの決勝を迎えるにあたってプラットフォームの駅名を「Ici C’est Paris」と大きく表示し、本来の駅名は下に小さく表示された。「Ici C’est Paris」は「ここはパリだ」という意味のパリサンジェルマンのスローガンである。パリのメトロの駅名がこのようにスポーツイベントの際に表示が変わるのは今回が初めてではなく、昨年のパリオリンピックの際にもエスプリを効かせた表示を行ったのである。
 なお、このスローガンはカタール資本になる前の2008年にサポーターによって作られたものである。そしてこのスローガンはパリとミュンヘンだけではなく、全世界に広まり、世界中のファンが初の欧州一を願ったのである。

■ベンチ入りしたプレスネル・キンペンベ

 さて、期待を背負ったパリサンジェルマンの先発メンバーはGKはジャンルイジ・ドンナルンマ、DFは右からアクラフ・ハキミ、マルキーニョス、ウィリアン・パチョ、ヌーノ・メンデス、MFは右からジョアン・ネベス、ビティーニャ、ファビアン・ルイス、FWは中央にウスマン・デンベレ、右にデジレ・ドゥエ、左にブクビチャ・クバラツヘリアという布陣である。アーセナル(イングランド)との準決勝第2戦と比較すると、デンベレがブラッドリー・バルコラに代わって先発メンバーに入り、中央に位置している。
 この先発メンバーについては驚くことはないが、最大の驚きはベンチ入りメンバーにあった。背番号3のプレスネル・キンペンベが戻ってきたのである。2023年2月にアキレス腱を負傷して、長期離脱。クラブの生え抜きの復活をファンが望んでいた。今年2月のフランスカップのベスト16決定戦のルマン戦で2年ぶりの復帰。リーグ戦では3月のサンテチエンヌ戦と4月のルアーブル戦の終盤に出場、そしてチャンピオンズリーグでは今季最終戦で初めてベンチ入りしたのである。(続く)

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