第3721回 ワールドカップ予選、大陸間プレーオフ (1) フランスの海外領土、ニューカレドニア

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■フランスで注目を集める大陸間プレーオフ

 3月のインターナショナルマッチデーでフランスはブラジル、コロンビアに連勝した。親善試合で戦力の最後のテストを行っている国が多い中で、ワールドカップの最後の切符をかけて戦っている国がある。欧州プレーオフは16チームが参加し、チェコ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、トルコ、スウェーデンが出場権を得た。
 ただ、フランスのファンにとっては欧州プレーオフよりは、フランスがグループリーグで対戦する大陸間プレーオフに関心が集まった。
 大陸間プレーオフには6チームが参加して本大会開催国のメキシコで行われた。パス1はコンゴ民主共和国、ジャマイカに加え、フランスの海外領土であるニューカレドニアが出場したからである。パス2はイラク、ボリビア、スリナムが参加し、グアダルーペで行われ、このパス2の勝者は本大会ではフランスと同じグループIに入るからである。

■フランスからの独立運動が続くニューカレドニア

 まず、フランスの海外県・海外領土としてワールドカップ初出場を狙ったニューカレドニアについて紹介しよう。
 ニューカレドニアは南太平洋に浮かぶ島で豪州の東方に位置する。この島を発見したのは英国人のジェームズ・クックである。カレドニアとは古ラテン語でスコットランドを意味する。クックの父はスコットランド出身であり、クックはニューカレドニアを見た際に、父の故郷のスコットランドのように山が多いことから、ニューカレドニアと名付けたのである。
 英国が豪州とニュージーランドを領有したことに対抗し、フランスは1853年にニューカレドニアの領有を宣言し、領有権そのものは現在まで続いているが、1960年代以降は独立運動が続いている。独立派と独立反対派の衝突により、2024年には非常事態宣言が発出され、今もなお夜間外出禁止令は継続している。

■クリスチャン・カランブー、アントワン・コンブアレ、ジャック・ジマコ

 この南国の島にもサッカーは伝来し、ニューカレドニアにサッカー連盟が創立したのは1928年、そして2004年にFIFAに加盟し、ワールドカップには2006年大会のオセアニア予選からチャレンジしている。また、OFCネーションズカップには第1回の1973年大会から出場している。
 ニューカレドニア出身で最も有名なサッカー選手は1998年ワールドカップ優勝メンバーのクリスチャン・カランブーであろう。17歳の時にナントに渡り、イタリアのサンプドリア、スペインのレアル・マドリッドで活躍した。
 現在のフランスサッカー界で最も目立った活動をしているのはアントワン・コンブアレであろう。20歳でナントに渡ったが、現役時代のハイライトは5年間のパリサンジェルマン時代であろう。1992-93シーズンのUEFAカップのレアル・マドリッド戦のヘディングシュートをはじめ、劇的なゴールを決めている。フランス代表には選出されなかったが、引退後は多くのクラブで監督を務め、今年の2月にパリFCの監督に就任している。
 ただ、ニューカレドニアへの貢献という点ではジャック・ジマコであろう。ニューカレドニア出身者として初めてフランス代表に入り、1970年代末から1980年代初めに活躍した。引退後はニューカレドニア代表の監督も務めている。

■オセアニアサッカーのリーダーのニュージーランドと大陸間プレーオフ

 豪州が2006年にアジアサッカー連盟に移ってからは、オセアニアではニュージーランドの力が圧倒的である。ニューカレドニアはニュージーランドを追う集団の一つという位置づけであった。そのニュージーランドもワールドカップ出場は他大陸とのプレーオフを経由しなくてはならなかった。2010年大会予選以降は毎回、オセアニアのナンバーワンとして大陸間プレーオフに出場したが、勝ち抜いたのは2010年大会のみであった。2014年大会はメキシコ、2018年大会はペルー、2022年大会はコスタリカに敗れている。
 ところが、2026年大会は本大会出場国が48に増加し、オセアニア予選で1位のニュージーランドはプレーオフを経由せずに本大会出場が決定した。そしてニューカレドニアにチャンスが訪れたのである。(続く)

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