第3726回 ストラスブール、マインツに敗れ、今季欧州で初黒星

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■欧州カップでは今季無敗のストラスブール

 前々回と前回の本連載ではチャンピオンズリーグの準々決勝のパリサンジェルマン-リバプール(イングランド)の第1戦を紹介したが、今回はもう1つフランスからプ州カップの準々決勝を戦っているカンファレンスリーグのストラスブールを紹介しよう。
 ストラスブールはここまでの欧州カップで最も順調に勝ち進んでいるチームの1つであろう。リーグフェーズは5勝1分で首位突破し、ノックアウトフェーズに入っても1回戦でリエカ(クロアチア)に1勝1分、すなわち、今季は欧州では負けていない。今季の欧州カップで準々決勝を無敗で迎えたチームはストラスブール以外にはチャンピオンズリーグのアーセナル(イングランド)とバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)、ヨーロッパリーグのアストン・ビラ(イングランド)だけである。アーセナルとバイエルン・ミュンヘンはそれぞれ国内リーグでも首位、アストン・ビラも準々決勝を向空ける時点で4位と上位であるが、ストラスブールは8位と来季の欧州カップ出場圏内には届いていない。ただ、2月8日のフランスリーグ第21節のルアーブル戦で敗れたのを最後に国内外で敗れておらず、直近のリーグ戦ではナントとリースに連勝している。

■フランス領になったこともあるマインツ

 ストラスブールが準々決勝で対戦するのはドイツのマインツである。マインツはドイツ中西部のライン川とマイン川の合流点に位置する河川交通の要地である。活版印刷を発明したヨハネス・グーテンベルクの出身地であるが、フランスの最東部にあるストラスブールが、古来よりドイツとフランスの紛争のたびにフランスやドイツに属したように、マインツもフランス領であった時期がある。フランス革命直後のことである。革命によってマインツに逃げ出した亡命貴族を追ってフランスが攻め込み、マインツはフランス領となり、マイヤンスと呼ばれることになる。1814年にナポレオンが敗れるとマインツはドイツ(当時はプロイセン)に編入される。そして1945年、ナチスドイツの第二次世界大戦での敗戦後はフランスに占領されていた。

■ドイツとフランスが領土争いを繰り返したストラスブール

 一方、ストラスブールは元々は神聖ローマ帝国の領地であり、現在のドイツに属していたが、16世紀には三十年戦争で勝利したフランス領となり、1871年には普仏戦争で勝利したプロイセン(ドイツ)領となる。第一次世界大戦でフランスが勝利したため、1919年にフランス領となる。第二次世界大戦中の1940年にストラスブールはドイツ領となるが、1944年に連合軍が奪還する。
 ストラスブールとマインツは直線距離で160キロしか離れておらず、同じような文化圏である。東京オリンピックにフランス代表として出場したアントニー・カシは当時はストラスブールに所属していたが、その後マインツに移籍している。

■ストラスブールを沈黙させた佐野海舟の見事な先制点

 名将ユルゲン・クロップがクラブのOBであり、クロップが監督に就任してから部ですリーガ1部に昇格したマインツはリーグフェーズを7位で通過、クラブ史上欧州で最高の成績となった。ノックアウトフェーズの1回戦はチェコのシグマ・オロモウツを1勝1分で下した。
 マインツの本拠地MEWAアリーナには満員の3万2000人の観客が集まった。立ち上がりからゲームを組み立てていたストラスブールであったが、11分にその流れは断ち切れた。マインツのMF佐野海舟がストラスブールの選手がドリブルしていたボールを奪い、いったんはパスして戻ってきたボールを受けて左サイドを駆け上がり、中央に切れ込み、ペナルティエリア外から右足でシュート、ポストに当たりながら、先制点となる。
 さらにマインツは19分にもCKをステファン・ポッシュがボレーで追加点を決める。さらにマインツはストラスブールを攻め続け、追加点こそあげることはできなかったが、ストラスブールは完敗となる。ストラスブールは今季初めて欧州で黒星と喫し、ホームでの逆転に望みをかけるのである。(この項、終わり)

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