第3727回 パリサンジェルマン、ストラスブールともに準決勝進出 (1) ヒルズボロの悲劇から37年
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■1989年4月15日、FAカップ準決勝で起こったヒルズボロの悲劇
欧州カップ準々決勝の第2戦は4月14日から16日までの3日間行われた。チャンピオンズリーグは火曜日の14日と15日に行われたが、スケジュールを決定する上で考慮しなくてはならないことがあった。それは4月15日である。この日は1989年にヒルズボロの悲劇が起こった日である。ヒルズボロの悲劇とは1989年4月15日、FAカップ準決勝のリバプール-ノッティンガム・フォレスト戦がシェフィールドのヒルズボロ競技場で行われたが、ゴール裏の立見席に収容人員を上回る観客が押し寄せ、将棋倒しとなり、97人の犠牲者を出した事件である。フーリガンとの関係も議論されたが、調査をまとめたテイラー・レポートは警備側の観客誘導に原因があったとしている。
■4月15日には試合を行わないリバプール、リーグ戦を延期したパリサンジェルマン
その後、イングランドの主要競技場では立見席がなくなり、スタジアムが整備されることになった。犠牲者の多くはリバプールのサポーターであり、リバプールは4月15日には試合を行っていない。したがって、パリサンジェルマンとリバプールの第2戦は4月14日に行われることになり、第1戦は水曜日の8日に行われることになった。すなわち、試合間隔は中5日と短くなった。この準々決勝2試合の短い試合間隔がパリサンジェルマンの試合日程に影響を与えた。リバプール戦の間のリーグ戦第29節のアウエーのRCランス戦は5月13日に延期された。この試合は土曜日の11日に行うことになれば、第1戦とも第2戦とも中2日ということになる。パリサンジェルマンは1回戦のチェルシー(イングランド)戦の時も2試合の間のリーグ戦第26節のナント戦を4月22日に延期したが、これはUEFAインデックスを加算させるためのリーグ側の取り計らいであったが、今回はパリサンジェルマン側からリーグに申し出ている。
■中2日の試合が続くリバプール
一方のリバプールであるが、11日にリーグ戦を行い、フラムに2-0と勝利しており、中2日の試合が2試合続くことになった。本拠地アンフィールドで逆転勝利を狙うリバプールの先発メンバーはGKはギオルギ・ママルダシュビリ、DFは4バック、右からジェレミー・フリンポン、イブラヒム・コナテ、フィルジル・ファン・ダイク、ミロシュ・ケルケズ、MFは低い位置にライアン・フラフェンベルフ、高い位置には右のドミニク・ソボスライと左のフロリアン・ビルツ、トップ下にアレクシス・マカリスター、FWは2トップでウーゴ・エキティケとアレクサンデル・イサクである。
6日前のパリでの第1戦と比べると、DFを4バックにし、中盤をダイヤモンド、FWは2トップとシステムを変えたが、11人の先発メンバーのうちイサク以外の10人はパリでの第1戦でも先発している。また、ママルダシュビリ、フリンポン、コナテ、ファン・ダイク、ソボスライ、ビルツの6人はフラム戦にも先発している。一方、第1戦で出場機会のなかったモハメド・サラーはフラム戦では先発し、得点をあげ、後半の90分まで出場したが、パリサンジェルマン戦はこの日もベンチスタートとなった。
■試合前のゴール裏に浮かび上がった「97」
一方、週末に試合のなかったパリサンジェルマンは中5日で休養充分、パリでの第1戦と全く同じメンバー、すなわちGKはマトベイ・サフォノフ、DFは右からアクラフ・ハキミ、マルキーニョス、ウィリアム・パチョ、ヌーノ・メンデス、MFは中央の低い位置にビティーニャ、右にウォーレン・ザイール・エメリ、左にジョアン・ネベス、FWは右にデジレ・ドゥエ、左にクビチャ・クバラツヘリアというメンバーで第2戦に臨む。
ヒルズボロの悲劇から37年、両チームの選手は喪章を巻き、試合前には黙祷が行われる。ゴール裏のコレオグラフィーは「97」という数字が浮き上がる。これはヒルズボロの悲劇の犠牲者数を表す。赤いユニフォームのリバプールと黒いユニフォームのパリサンジェルマンの試合が始まったのである。(続く)
