第3828回 ジネディーヌ・ジダン新体制スタート(8) 2006年ワールドカップ決勝のイタリア戦

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■就任3戦目でようやくホームでの采配

 ジネディーヌ・ジダン新監督の最初のキャンペーン、トルコとベルギーにアウエーで連勝して順調以上の成績を残している。新監督で就任後初戦に勝利したのは1994年のエメ・ジャケ以来のことであるが、ジャケは就任後4連勝を飾っている。アウエーでの試合が続いたが、いよいよ第3戦はホームでの采配となる。

■ベルギーに次いで2番目に対戦歴の多いイタリア

 ホームの初戦はイタリア、ワールドカップでは2大会連続して予選落ちしている。しかし、フランスにとっては特別な国である。まず、ベルギーはフランスと最も対戦回数の多い国であり、前々回と前回の本連載で紹介した9月日のブリュッセルでの対戦で79試合目となった。イタリアはそれに次ぐ対戦回数となり、これまでにフランスは41試合対戦している。対戦成績はイタリア19勝、フランス12勝、10引き分けとなり、イタリアが優位である。直近の対戦は前回の2年前のUEFAネーションズリーグである。2024年9月6日にパルク・デ・プランスで行われた試合では、イタリアが3-1と勝利、11月17日にミラノで行われた試合では逆にフランスが3-1と勝利している。グループリーグの成績は両国が勝ち点で並び、得失点差で1位になったフランスと2位のイタリアが決勝トーナメントに進み、フランスは3位になっている。
 近年は主要大会の本大会のノックアウト方式で対戦することは少なく、最後の本大会決勝トーナメントでの対戦は、2006年7月9日のワールドカップドイツ大会決勝である。この試合はジダンにとっては忘れられない試合となった。

■1998年ワールドカップ、2000年欧州選手権でイタリアを下したフランス

 ジダンは代表時代にそれまで3回イタリアと対戦している。最初は1998年ワールドカップのプレ大会として1997年6月11日にパルク・デ・プランスで行われたフランストーナメントの最終戦である。この試合でジダンは先制点を決め、2-2の引き分けとなり、フランスは3位を確保した。2回目の対戦が優勝した1998年のワールドカップの準々決勝である。0-0のままPK戦となり、ジダンは最初のキッカーとして成功、PK戦の勝利に貢献した。その2年後の2000年の欧州選手権では決勝で対戦、延長戦の末、ダビッド・トレゼゲの決勝点でフランスが優勝している。

■ジダンの頭突き事件でワールドカップ優勝を逃したフランス

 1998年大会に続く2度目のワールドカップ優勝まであと1勝、イタリアとの決勝に臨む。ジダンは準決勝のポルトガル戦でも得点をあげ、調子をあげてきた。ここまでジダンはイタリアには負け知らず、ベルリンでの試合も7分にフランスはPKを得て、これをジダンが決めて先制点をあげる。ただイタリアも19分にマルコ・マテラッツィのゴールで追いつき、その後は両チームとも得点をあげることなく、試合は延長戦に突入する。延長前半も得点はなく、エンドを変えて最後の15分が始まった。そして110分、突然試合が止まった。ジダンをマークしていたマテラッツィが、ジダンに挑発的な言葉を投げつけたことに対して、ジダンが頭突きを食らわる。マテラッツィが倒れこんだことに対し、イタリア側がアピール、ジダンは退場処分となる。
 1人少なくなったフランスであるが、残り5分間は両チームとも得点はなく、試合は決勝史上2回目のPK戦となる。本来であれば、最初のキッカーは8年前のフランス大会の準々決勝と同じジダンが務めるはずであったが、ジダンの退場によりシルバン・ビルトールが務めた。ビルトールは成功させたが、フランスの2人目のトレゼゲが失敗する。イタリアは5人全員が成功させ、イタリアが優勝する。
 そしてこのワールドカップを最後にジダンは代表から引退することを表明しており、不名誉な形で最後の代表での試合となったのである。
 このようにジダンにとっては因縁のイタリア戦となり、新監督のホーム第1戦問うことに加え、ファンの関心は非常に高まったのである。(続く)

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