第626回 欧州選手権予選、秋の陣(4) 初の代表戦を行うソショーの名選手ベルナール・ジャンニーニ

■混戦模様となったグループB

 連勝チーム同士の対戦は守りを固めた伏兵スコットランドがフランスを1-0と破り、3連勝で単独首位に立った。その結果に一喜一憂する間に次の10月11日の試合がやってくる。フランス(2勝1敗)はホームでフェロー諸島(3敗)と対戦、スコットランド(3勝)はアウエーでウクライナ(1勝1敗)と対戦、イタリア(1勝1分1敗)はアウエーでグルジア(1勝2敗)という3試合が行われる。カッコ内の戦績を見ればわかるとおり、混戦模様となっている。

■4年連続の対戦となるフェロー諸島

 スコットランドに敗れたとはいえ、内容では圧倒的に勝っていたフランスにとってまだまだ首をうなだれる状況ではない。フェロー諸島はデンマークの自治領であるが捕鯨をめぐり、デンマークと意見が異なり、別々のサッカー協会であるばかりか、EUにも所属していない。しかしながら、人口わずかに5万人弱のこの国にとってサッカーの国際試合は少々しんどいものがある。フランスとは今回のワールドカップ予選でも同じ組になっており、2004年にフェロー諸島、2005年にランスで対戦し、いずれもフランスが完封勝ちしている。アウエーでの試合は来年10月に予定されていることからフランスとフェロー諸島は4年連続で対戦することになる。

■ワールドカップ開催地ではないソショー

 フランスはホームゲームの舞台にソショーのボナル競技場を選んだ。フランス代表はホームゲームをしばしばスタッド・ド・フランス以外で開催してきたが、ワールドカップを開催した1998年以降は主にワールドカップを開催した競技場を使用してきた。昨年のハンガリー戦を行ったメッスのサンサンフォリアン競技場がワールドカップ以降でワールドカップ開催競技場以外での初めての開催となった。ソショーでの試合はそれに続く2つ目のワールドカップ開催競技場以外での代表戦となる。
 ソショーは名門クラブであり、これまでに多くのフランス代表選手を輩出してきた。最近ではブルーノ・ペドレッティが2002年秋に代表に選出されたとき、フランク・シルベストル以来のソショーからの代表選手ということで地元では大きな期待を集めた。古くはロジェ・クルトワ、ジャン・ジャック・マルセルなどのビッグネームも名を連ねる。

■1980年代の名選手ベルナール・ジャンニーニ

 現在のソショーのファンにとってその代表は1980年代前半に活躍したベルナール・ジャンニーニであろう。ジャンニーニはソショーでプロになり、1982年ワールドカップスペイン大会で大活躍し、チームは準決勝に進出する。準決勝の相手は西ドイツである。この試合、ジャンニーニは守備的MFとして先発出場したが、フランスのミッシェル・イダルゴ監督は守備陣ではそれまでとは違うフォーメーションで試合に挑んだ。ここまでフランスは4人をフラットに並べる守備ラインであったが、西ドイツのピエール・リトバルスキーにエマニュエル・アモロス、クラウス・フィッシャーにジェラール・ジャンビオンと西ドイツのキープレーヤーにマンツーマンでマークを行い、マリウス・トレゾールをリベロに配置した。そのため、パトリック・バチストンが先発メンバーから外れることになった。試合は1-1のまま前半を負え、後半に入ってイダルゴ監督は勝負に出る。すなわち、バチストンを投入し、そのため守備的MFのジャンニーニがベンチに下がる。ベンチに下がったジャンニーニがその10分後に見た光景は地獄であった。攻めあがったバチストンが西ドイツのGKハラルド・シューマッハーに不当なチャージを受け、担架に乗せられてピッチを去ったのである。
 この光景がよほど印象的だったのか、スペインでの活躍によりサンテエチエンヌに移籍し、代表でも親善試合には出場したものの、1986年ワールドカップ予選ではわずか1試合の出場にとどまり、メキシコでの本大会でもベルギーとの3位決定戦だけにしか出場機会がなかったが、この試合でゴールを決めている。
 ジャンニーニは1989年に現役を引退し、その後は指導者の道を歩む。現在ジャンニーニはソショーでスポーツディレクターを務めている。プレーヤーとしての故郷で初めて行われるフランス代表の試合を、地元チームの首脳陣として迎えることができることは感無量であろう。(続く)

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