第2719回 パリサンジェルマン、 準優勝に終わる(3) ミュンヘンでの大敗が響き、グループリーグで敗退した2回目の対戦

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■欧州での黄金時代を迎えた1990年代半ばのパリサンジェルマン

 1994-95シーズンのチャンピオンズリーグのグループリーグでは2戦ともパリサンジェルマンがバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)に勝利する。さらにパリサンジェルマンは準決勝まで進出する。パリサンジェルマンはその前年はカップウィナーズカップ、さらにその前の年はUEFAカップで準決勝に進出している。また翌年から2年連続してカップウィナーズカップで決勝に進出し、1995-96シーズンには優勝を果たしている。

■リーグチャンピオン以外として初めて参戦した1997-98シーズン

 1990年代はリーグ優勝は1度しかなかったが、欧州の舞台では素晴らしい成績を残している。そのパリサンジェルマンが2度目にバイエルン・ミュンヘンと対戦したのは1997-98シーズンのチャンピオンズリーグのグループリーグである。前年のフランスリーグではモナコが優勝し、パリサンジェルマンは2位となっている。1990年代の途中からフランスからはリーグ優勝チーム以外もチャンピオンズリーグに出場できるようになったが、実はパリサンジェルマンにとってこれがリーグチャンピオン以外として初めて参戦するチャンピオンズリーグであった。

■ミュンヘンでの試合では大敗を喫したパリサンジェルマン

 リーグ2位ということで予備戦3回戦から参戦し、ルーマニアのステアウア・ブカレストを倒し、本選のグループリーグを戦うことになった。ここで待っていたのが前回の対戦以来3年ぶりにブンデスリーガのチャンピオンとなったバイエルン・ミュンヘンであった。このグループEには他にトルコのベクシタシュ、スウェーデンのエーテボリが参戦していた。パリサンジェルマンとバイエルン・ミュンヘンは第3節と第4節で対戦することになった。連勝でこの対戦を迎えるバイエル・ミュンヘン、ベクシタシュにアウエーで敗れて1勝1敗のパリサンジェルマン、まずはミュンヘンでの試合である。この試合、前半にバイエルン・ミュンヘンが2点先行する。さらに後半の立ち上がりにも追加点を入れて3点差とする。対するパリサンジェルマンはマルコ・シメオネが1点を返すが、バイエルン・ミュンヘンは終盤に2得点を入れ、5-1と大勝した。
 ちょうど半分終わったところで、バイエルン・ミュンヘンが3戦全勝でターン、続くのは2勝1敗のベクシタシュ、1勝2敗のパリサンジェルマンは3番手であった。

■パリでは雪辱するも、得失点差で決勝トーナメント進出を逃す

 後に引くことができないパリサンジェルマンは第4節でパルク・デ・プランスにバイエルン・ミュンヘンを迎える。パリサンジェルマンはフランク・ギャバが先制点を奪うが、バイエルン・ミュンヘンもマーカス・バベルが追いつき、タイスコアで後半を迎えた。後半に入ってパリサンジェルマンはフローリアン・モーリスが勝ち越し点を奪い、さらにジェローム・ルロワが追加点を入れて3-1と勝利し、2回目の対戦はそれぞれがホームで勝利し、1勝1敗となったが、この得失点差にパリサンジェルマンは泣くことになる。
 この後、パリサンジェルマンはエーテボリとベクシタシュに連勝する。一方のバイエルン・ミュンヘンは最終戦でエーテボリに敗れ、両チームは4勝2敗で並ぶ。実はこのシーズンはグループリーグは6つであり、8チームで争われる決勝トーナメントに進出できるのは各グループリーグの首位チームプラス2チームであった。同勝ち点の場合の順位決定方法は直接対決の結果が最優先されるため、バイエルン・ミュンヘンが首位突破となり、パリサンジェルマンは2位にとどまった。
 パリサンジェルマンは2位となったが、6グループの2位チームの中での比較となる。2位6チームはバイエル・レバークーゼン(ドイツ)、ユベントス(イタリア)、ローゼンボリ(ノルウェー)、PSVアイントホーフェン(オランダ)、パルマ(イタリア)とパリサンジェルマンという顔ぶれ。勝ち点13のバイエル・レバークーゼンが1位、そして勝ち点12でユベントスとパリサンジェルマンが並び2位争いとなった。得失点差の争いでユベントスが+4、パリサンジェルマンはバイエルン・ミュンヘン戦の大敗が響いて+1にとどまり、決勝トーナメントを逃したのである。(続く)

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