第3556回 2024-25フランスサッカー、フィナーレ (4) ロリアンとパリFCが1部昇格
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■2部降格したクレルモンはナショナル1部との入替戦へ
前回の本連載では最終節までもつれ込んだ1部残留争いを紹介し、17位のサンテチエンヌが自動降格、16位のスタッド・ド・ランスが入替戦に臨むことを紹介した。これに加えて、前々回で紹介した最下位(18位)のモンペリエが降格する。
一方の1部昇格であるが、2部の1位と2位が自動昇格、3位から5位までのチームでプレーオフを行い、その勝者が1部16位のスタッド・ド・ランスと入替戦となるが、注目のチームがついに1部昇格を果たした。
2024-25シーズンの2部は前年の20チームから18チームへと2チームが減少する。選手への負担の軽減化ということでこれで1部も2部も18チームとなった。また、昇格のためのプレーオフを行うため、開幕は1部と同じであったが、最終節は1部よりも1週早い5月10日に行われた。
1部から降格してきたのは3チーム、前年1部で最下位だったクレルモンは2部でもなかなか勝ち点をあげることができず、16位となり、ナショナル1部との入替戦に臨む。
■降格したメッスは昇格プレーオフ、1年で復帰を決めた首位ロリアン
また、入替戦で敗れて2部に降格した前年16位のメッスは3位に入り、自動昇格にはわずか及ばなかったが、プレーオフ経由で1部復帰を目指すポジションでレギュラーシーズンを終えた。
前年17位のロリアンは後半戦で首位に立つと、その座を譲ることなく、優勝し、1年で1部に返り咲いた。
■パリサンジェルマンの母体となったパリFC
そして優勝したロリアンよりも注目を集めたのが2位に入ったパリFCである。パリのクラブというと国内リーグを制し、フランスカップでも優勝し、チャンピオンズリーグ決勝を控えるパリサンジェルマンを誰しもが想起するが、パリサンジェルマンの創立は1970年、この業界ではかなり歴史の浅いクラブである。パリにはいくつものクラブがあったが、1960年代末に1部からパリのクラブがなくなってしまったため、1969年にパリ財界はパリFCというクラブを立ち上げる。このクラブを早期に1部リーグに昇格させるために、パリ近郊のサンジェルマン・アン・レーの2部のクラブと合併させて誕生したのがパリサンジェルマンである。
パリサンジェルマンは目論見通りに1部に昇格するが、パリ市はサンジェルマン・アン・レーのクラブであるということを理由に財政的支援を拒む。そのためパリサンジェルマンはプロチームのパリFCとアマチュアチームのパリサンジェルマンに分かれ、パリFCはパリ市の支援するビッグクラブになるはずであった。
ところが、パリFCは競技力が追いつかず、1部に在籍したのはわずか2シーズン、1974年には2部に降格してしまう。一方、アマチュアチームだったパリサンジェルマンは、パリ市からは支援を受けられなかったが、財界からの支援を受け、パリFCと入れ替わるようにして1974年に1部に復帰、そして現在まで一度も2部に降格したことのないチーム、クラブの歴史自体は新しいが、1部在位は最長というクラブである。
■長期低迷からほぼ半世紀ぶりに1部に復帰したパリFC
さて、パリFCに話を戻すと、1974年に2部に降格して以来、長いトンネルに入る。1978-79シーズンは1部に復帰したが、わずか1年で2部に陥落、一時は5部相当のリーグまで番付を落とした。
ようやく2部に復帰したのが2015年、その後は再び3部に転落したこともあったが、上記をキープ、2018-19シーズン、2020-21シーズン、2021-22シーズン、2023-23シーズンは昇格プレーオフに出場したが、いずれも敗退している。
この勢いのあるチームに投資家が目をつけた。2024年にはLVMHのオーナーであるベルナール・アルノー氏がレッドブルと組んでクラブを買収した。そして2024-25シーズンは前半戦は首位、後半戦は2位をキープし、ほぼ半世紀ぶりに1部に復帰することになった。パリのクラブが1部に複数存在するのは1989-90シーズンのパリサンジェルマンとラシンパリ1以来36年ぶりとなる。
パリFCは、来季は本拠地をパリサンジェルマンの隣のジャン・ブーワン競技場に移転し、世界で一番近いダービーマッチが実現するのである。(続く)