第359回 有終の美を飾れなかったマルセル・デサイーとリリアン・テュラム

■最年長のマルセル・デサイーが代表からの引退を表明

 シーズン開幕を目前に控え、国内外で移籍市場が話題となっているが、もう一つフランスでは代表チームからの引退選手が注目を集めている。本連載でも何度かお伝えしているが、欧州選手権に出場したメンバーのうちレギュラー級の選手は高齢化しており、欧州選手権の段階で30歳以上の選手が実に10人、今回の準々決勝での敗退、新監督の就任という中でその去就が注目されている。
 1968年9月7日生まれで35歳と最年長で主将をつとめたマルセル・デサイーは大会前からポルトガルでの戦いを最後に代表ユニフォームを脱ぐことを表明していたが、年齢的な衰えは隠せず、最後の大会では精彩を欠いた。7月4日に正式に代表からの引退を表明したデサイーは有終の美を飾ることはできなかったものの、これまでの活躍を考慮すれば、悔いのないブルーのユニフォームの11年であったであろう。

■ワールドカップ・フランス大会決勝進出の立役者リリアン・テュラム

 ところで、デサイーに続いて引退宣言をする選手がおらず、8月18日のレイモン・ドメネク新監督の初戦となるボスニア・ヘルツェゴビナ戦の日が近づいてきた中で、意外な選手が引退を表明した。10人の三十路選手の最年長はデサイーであったが、年齢的には4番目のリリアン・テュラムが7月27日に代表からの引退を表明した。テュラムは1972年1月1日生まれの32歳。カリブに浮かぶ島のグアドループ出身のテュラムは17歳の時にフォンテンブローでモナコのスタッフの目に留まり19歳でプロデビュー、当時のモナコの監督は日本でもおなじみのアルセーヌ・ベンゲルであった。当初はストッパーを務めていたが、その後、サイドバックとして能力を開眼する。ちょうど10年前の1994年8月に代表にデビューし、代表の右サイドバックとして不動の位置を築いた。代表でのハイライトはなんといっても1998年ワールドカップ・フランス大会の準決勝のクロアチア戦であろう。初出場ながらグループリーグで強豪日本を破ったクロアチアは波に乗って準決勝に進出、準決勝でもフランス相手に先制点を奪う。この大会で初めての失点を喫したフランスは浮き足立ち、リードを奪われたままでハーフタイムを迎える。イタリア大会、米国大会と予選落ちをしているフランスの夢も準決勝どまりかと思われた。しかし、その夢を手繰り寄せたのは右サイドバックのテュラムであった。47分に同点ゴール、69分に勝ち越し逆転ゴールと殊勲の2ゴールを上げ、決勝進出の立役者となる。ちなみにテュラムの代表でのゴールはわずか2ゴール。すなわち、代表での全てのゴールはこのクロアチア戦の2ゴールだけなのである。

■ディディエ・デシャンと並ぶ代表103試合出場

 しかし、テュラムは決して「一発屋」ではない。コンスタントに代表戦に出場し、10年間で実に103試合出場、この数字は偉大なるディディエ・デシャンと並ぶ数字である。そして代表の最後の大会となった今回の欧州選手権でも4試合全てに出場、特筆すべきは不調のデサイーに代わって4試合全てでストッパーを急遽務めたということである。長らくサイドバックを務めながらも大一番でストッパーをこなすところは能力の高さを表している。
 デサイーの代表最後の試合となったのはグループリーグ第2戦のクロアチア戦。この試合のストッパーはデサイーとテュラムであったが、テュラムにとっては忘れられない相手である。しかしながら、2失点を喫し、デサイーはスイス戦、ギリシャ戦とベンチにとどまる。一方のテュラムも4試合全てで失点を喫し、デサイー同様、有終の美を飾ることはできなかったであろう。

■進退が注目を集める他の選手

 さて、デサイー、テュラムと引退を表明したが、年齢的には2番目のビシャンテ・リザラズ(1969年12月9日生まれ、34歳)、3番目のファビアン・バルテス(1971年6月28日生まれ、33歳)などの進退が注目される。バルテスは昨年までマンチェスター・ユナイテッドに所属しながら出場機会に恵まれず、今年初めにマルセイユに移籍してきている。またリザラズもバイエルン・ミュンヘンとの来季の契約は更新されず、マルセイユに移籍しており、国外でのビッグクラブではその力の衰えを隠せない状況にある。そして、さらに注目を集めているのはテュラムに続く5番目に年齢の高い1972年6月23日生まれで32歳のジネディーヌ・ジダンである。これらの選手の動向に注目したい。(この項、終わり)

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