第881回 再出発を期すスウェーデン戦(3) フランス逆転勝ち、ワールドカップ予選に光明

■デシャンのフランスが誕生した1989年夏の対戦

 フランスが8月の親善試合でスウェーデンと対戦するのは1989年以来19年ぶりのことである。この年は偶数年であり、ワールドカップ予選の終盤を迎える段階で行われたが、フランスは大苦戦、イタリア行きの可能性はほぼゼロになり、フランス代表に対する国民の失望の度合いは今日と似ていた。しかし、このマルモでの親善試合では若きディディエ・デシャンが大活躍し、フランスは息を吹き返し、本大会出場の望みを最終戦まで残したのである。
 そしてこの試合で再生したフランスはイタリアのワールドカップ出場は逃したものの、続くスウェーデンでの欧州選手権予選は8戦8勝というグランドスラムを達成する。革命200周年に沸いた年の夏にスウェーデンで生まれた新生フランスは3年後にはスウェーデンの地で6年ぶりの国際舞台への復帰を果たしたのである。

■ジュスト・フォンテーヌが4得点をあげたエーテボリのウッレビ競技場

 さて、今回のスウェーデン-フランス戦の舞台はエーテボリのウッレビ競技場である。1992年の欧州選手権の決勝、1995年の世界陸上選手権を開催したほかに、スピードスケートの試合も行われる総合競技場である。フランスはこれまでのスウェーデンとの16回の試合でこのウッレビ競技場で試合をしたことはないが、一度だけここで試合をしたことがある。それが1958年のワールドカップの3位決定戦である。50年前のこのワールドカップはペレのデビューした大会として後世まで語り継がれているが、準決勝でペレにハットトリックを許し、引き立て役になってしまったのがフランスである。フランスは3位決定戦にまわり、このエーテボリのウッレビ競技場で西ドイツと対戦する。この西ドイツ戦ではジュスト・フォンテーヌが4得点をあげる活躍で6-3と勝利し、フランスは初めて3位以内に入る。フォンテーヌはこの大会には6試合に出場し13得点、1大会の得点数としてはいまだ破られぬ大記録である。スウェーデンのワールドカップはペレとフォンテーヌの大会であり、フォンテーヌが大会記録をマークしたエーテボリにフランスは50年ぶりに帰ってきたのである。

■代表歴の少ない選手も加わったフランスの先発メンバー

 50年ぶりにエーテボリに戻ってきたフランスの先発メンバーを紹介しよう。フランスは伝統的な4-4-2システムでこの一戦に挑む。GKはスティーブ・マンダンダ、DF陣は左サイドバックにパトリス・エブラ、中央にウィリアム・ギャラスとフィリップ・メクセス、右サイドバックにバカリ・サーニャ、MFは中央にラッサナ・ディアラとジェレミー・トゥーララン、両サイドはやや上がり目で、右にシドニー・ゴブー、左にフローラン・マルーダが控える。FWは右にティエリー・アンリ、左にカリム・ベンゼマと言う布陣である。サーニャとメクセス以外の9人は欧州選手権のメンバーであり、代表デビューと言う選手はいなかったが、代表歴が一桁の選手がマンダンダ(2試合目)、サーニャ(3試合目)、メクセス(9試合目)と3人も先発メンバーに入った。

■フランス、逆転勝ちでワールドカップ予選を迎える

 試合はスウェーデンのキックオフで始まったが、3-5-2システムを敷くスウェーデンが序盤からチャンスを作る。開始間もない5分に一旦はメンバーから外れながら復帰して主将を務めるヘンリック・ラルションが見事なオーバーヘッドで先制点をあげる。これに対してフランスは18分にベンゼマが同点ゴールを上げ、タイスコアのままハーフタイムを迎える。
 後半に入って61分にフランスは左サイドからマルーダがクロスを入れる。このチャンスを活かした右サイドのゴブーが勝ち越し点を上げる。さらに77分にはこの試合が代表103回目となるフランスの主将アンリがチャンスをつくり、ゴブーがゴールを上げて、試合は3-1となる。85分には、後半途中にマルーダに代わって入ったアルー・ディアラがスウェーデンのキム・カールストロームをペナルティエリア内で倒してしまい、PKのチャンスを得る。倒されたカルストローム自身がペナルティスポットにボールを置き、PKを決めて1点差に迫る。しかし、残された時間はわずか数分で、フランスは逃げ切る。そして3分間しかないロスタイムにはヨアン・グルクフがトゥーラランに代わり代表にデビューする。
 フランスは相性のいいスウェーデン相手に3-2と勝利し、秋からのワールドカップ予選を迎える。また、この試合で両チームが記録した5得点のうち4得点はリヨンに所属する選手によるもので、リヨンの国内外での活躍からも目が離せないシーズンとなった。(この項、終わり)

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