第1247回 人種差別に揺れるフランスサッカー

 3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、救援活動、復旧活動に従事されている皆様に敬意を表し、東北地方だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■昨年11月の技術委員会での「クォータ制」議論

 国内タイトル争いがファンの関心となった今季のフランスサッカー界であるが、新緑の季節に大きく揺れている。ご存じの読者の皆さんも多いとは思うが、フランスサッカー界は新たな人種差別問題が発覚し、サッカー協会の要職者やローラン・ブラン代表監督の引責辞任まで取りざたされることになった。  発覚と表現したのは、この人種差別がサッカー場などの公開の場で起こったことではないところである。4月28日、フランスのインターネットサイトのメディアパールに「サッカーフランス代表はより少ないアラブ人と黒人を望む」と報じられたからである。
 今までもフランス代表に黒人やアラブ人選手が多数いることを快く思わない存在がいたことは残念ながら確かである。しかし、彼らはサッカー界の外の存在であった。今回暴露されたのは昨年11月にフランスサッカー協会で行われた技術委員会の会議の内容を録音したものがベースになっている。この会議にはフル代表を含む各年代の代表監督が出席した会議であり、その中で各年代の代表チームのアラブ人や黒人の選手の数、割合を制限するということが議論され、この「クォータ(割当)制」が人種差別につながると大きく報じられた。

■フランス代表チームを支えるアラブ人、黒人選手の存在

 現在のフランス代表は多くのアラブ人や黒人の選手が選出されている。ところが、アンダーエイジになると代表選手のほとんどはアラブ人や黒人選手である。これは経済的に恵まれない立場であるアラブ人や黒人がフレンチドリームとしてサッカー選手になる夢を持つこと、さらに以前はフランス代表クラスの選手の出身地は、リヨンを含む中部がやや多いものの国内全体に広がっていたが、現在は多くのアラブ人や黒人が居住するパリ周辺が多くなっており、以前はそれほど高くなかったパリ周辺のサッカーのレベルが急速に上がってきたことも理由としてあげられる。
 なによりも、1998年のワールドカップで優勝したチームは、トリコロールはブルー・ブラン・ルージュ(青白赤)ではなくブルー・ブール・ノワール(フランス出身、アラブ人、黒人)と言われるように多民族融合の象徴となったことである。アルジェリア系で主将を務めたジネディーヌ・ジダンの活躍に刺激された多くのアラブ人、黒人の少年が現在のアンダーエイジで活躍している。

■フランス代表を選択しないアンダーエイジの二重国籍選手

 そのような状況の中でフランスサッカー界のトップレベルでこのような議論がなされたわけであるが、アラブ人や黒人を排除するという人種差別そのものが論点だったわけではない。この会議で論点となったのは二重国籍選手のクォータ制である。フランスに居住するアラブ人や黒人は、フランス国籍だけではなく父母や祖先の出身地であるアフリカ諸国の国籍も有する二重国籍者が多い。以前はアンダーエイジである国の代表選手となるとフル代表になってもその国の代表選手にしかなることができなかった。しかしこの規則が緩和され、アンダーエイジでの代表経験者が他の国のフル代表になることができる。その結果として、現在は多数のフランスのアンダーエイジの代表経験者が他国のフル代表の選手になっている。例えば、本連載第1246回に登場したばかりのリールのムーサ・ソーは2005年の19歳以下の欧州選手権ではヨアン・グルクフ、ウーゴ・ロリスとともに優勝メンバーとなったが、フル代表ではセネガル代表を選択した。

■決して許されることのない議論、問われるフランスの真価

 このようにアンダーエイジの二重国籍選手がフル代表を選択しないことが議論の発端となったわけであるが、結局、アラブ人、黒人の排除になるわけで、人種差別につながることは事実である。人種差別と闘うべきフランスサッカー協会でこのような議論があったことは悲しいことである。
 そして、問題の本質は優秀なアンダーエイジの選手にいかにしてフル代表のフランス代表を選択してもらうかであろう。そして、ジダンと同世代のフランス生まれのアルジェリア系選手は、ジダン以外はフランス代表ではなくアルジェリア代表になった、という事実も認識しなくてはならない。
 人種差別と闘うだけではなく、今こそフランスと言う国の真価が問われているのである。(この項、終わり)

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