第397回 スタッド・ド・フランスの主役、ラグビー (3) 若手主体で臨んだ夏の北米遠征

■恒例の南半球遠征に代わり、北米へ遠征

 春先の6か国対抗を5戦全勝と言うグランドスラムで飾り、幸先のよいスタートを切ったフランス代表。夏には欧州を離れ、恒例であれば南半球を訪問することになる。ところが、今年の遠征先は北米であり、米国、カナダと対戦した。昨年の夏はアルゼンチンとニュージーランド、2002年はアルゼンチンと豪州、2001年は南アフリカとニュージーランドという具合に南半球の強豪を訪問している。
 今回の夏の遠征はカナダ、米国と北米の地を訪問する。カナダとフランスは今までワールドカップで2回対戦しているほか、1994年にもフランスは遠征しており、10年ぶりのカナダ遠征である。一方、米国とはこれが初めての対戦である。昨年のイラク戦争以来、フランスと米国の間の外交は対立が続いており、その緊張緩和も今回の遠征の目的であろう。しかし、最大の目的は北米の強豪で10年前の遠征では敗れているカナダとの対戦である。また、フランスは2007年に開催される次回のワールドカップの開催国となっており、優勝を目指して73人の候補選手を選んでいる。今回の北米遠征には6か国活躍したメンバー以外も帯同させてチームの底上げを図ることも大きな目的である。

■保険の町ハートフォードで米国と対戦

 フランスは7月3日にコネチカット州の州都ハートフォードで米国との初めての対戦を迎えた。ニューヨークに近いハートフォードはマーク・トウェインがかつて住んでいたことで知られるが、現在は多くのインテリジェントビルが並び、30を超える保険会社があることから「保険の町」と呼ばれている。現在、フランスのラグビー界の有力なスポンサーは保険会社であり、政治と経済は別物であると言うフランス人の考え方がよくわかる。

■若手主体のメンバーで米国に大苦戦

 6か国対抗優勝を達成した主将のファビアン・プルースが主将を務めたが、その他の主力選手の多くはメンバーからはずれた。7月3日に行われた米国戦の先発メンバー15人のうち、今年の6か国対抗に出場したメンバーは5人のみ、そのうちバックス陣の2人は6か国対抗ではわずかしか試合に出ておらず、若手選手の起用となった。この米国戦でフランスは苦戦を強いられる。6分にペナルティゴールで先行するが、20分に米国に逆転のトライを許し、ゴールも決められる。すかさずフランスも22分にトライとゴールを決めて逆転するが、26分に再び逆転のトライとゴールを許し、10-14となる。35分にフランスも2本目のトライとゴールを決めて17-14と逆転するが、前半ロスタイムに米国に3本目のトライとゴールを許し、17-21と4点のリードを許してハーフタイムを迎える。後半に入ってようやくフランスが北半球の王者の地力を見せる。42分にペナルティゴールを決めて1点差に迫り、47分のトライで逆転する。51分、62分とトライを上げ、ゴールも決めて39-21と大差を付ける。試合終了間際に米国は2トライを上げるが、39-31と言うスコアで北米遠征の第1戦を乗り切ったのである。

■記録的な勝利を収めたカナダ戦

 北米遠征の第2戦は7月10日のカナダ戦である。米国戦は両チーム5トライとトライ数は同じであり、かろうじてキックの差で勝利をものにするという薄氷の勝利であった。カナダはワールドカップの常連であり、1991年大会と1999年大会では接近したスコアでフランスが勝利を収めている。また10年前には敗戦しており、油断できない相手である。特に伝統の大型FWは最近の欧州ではお目にかかれないスタイルであるが、フランスとは対照的であり、それがこれまでの相性の悪さを物語っているのであろう。フランスは米国戦と6人のメンバーを入れ替えたが、それでも6か国対抗優勝メンバーは6人だけであった。しかし、前5人のうち4人が6か国対抗の主力メンバーであったため、スクラムやセットプレーは安定し、その結果としてカナダを圧倒するに至った。4分に手堅く先制のペナルティゴールを上げ、前半だけで3トライ、後半にも2トライを上げる。カナダのトライは前半のロスタイムの1本だけであり、結局43-17と言う対カナダ戦の最多得点、最多得点差を記録して北米遠征を終えたのである。
 これでフランスは6か国対抗から通算して7連勝、秋の南半球との対決を迎えることになったのである。(続く)

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