第1785回 デビスカップ、またも準優勝(6) 劣勢な過去の戦績を覆すか、大観衆の声援

 3年前の3月11日の東日本大震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、東北地方だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■開幕前日に商工会議所でドローが発表

 開幕前日の11月20日にはリール商工会議所でドローが発表され、シングルスの第1ラバーはジョー・ウィルフリード・ツォンガ-スタニラス・ワウリンカ、第2ラバーはガエル・モンフィス-ロジャー・フェデラー、ダブルスの第3ラバーはジュリアン・ベネトー、リシャール・ガスケ組-マルコ・キュディネリ、ミカエル・ランマー組、そして最終日のシングルスは第4ラバーがツォンガ-フェデラー、第5ラバーがモンフィス-ワウリンカとなった。

■シングルスの過去の対戦成績はスイスが優勢

 シングルスでスイスの誇る2人になんとか土をつければ、フランスに勝機はある。気になるシングルスの過去の戦績であるが、第1ラバーのツォンガとワウリンカはツォンガが3勝2敗とリードしているが、クレーコートでは2勝2敗の五分である。5セットマッチでの対戦は2回あり、2011年のローランギャロス3回戦ではワウリンカが3-2で勝利、翌年の2012年のローランギャロス4回戦ではツォンガが3-2で勝利といずれもフルセットでの決着となっている。  一方、第2ラバーのモンフィスとフェデラーの対戦成績はモンフィスは2勝10敗と大きくリードされている。しかもクレーコートでは4戦全敗と歯が立たない。またクレーコートでの4回の対戦のうち3回はローランギャロスでの対戦、3試合でモンフィスが獲得したのは1セットだけである。
 また、日曜日のシングルスについても第4ラバーのツォンガとフェデラーの対戦成績はツォンガの5勝11敗、クレーコートでは1勝2敗となっており、ツォンガの劣勢は否めない。さらに第5ラバーのモンフィスはワウリンカとは2勝3敗と負け越しており、クレーコートでの対戦はない。

■地方開催のスイス戦では不調のフランス

 フランスとスイスはこれまでに12回対戦し、フランスが10勝2敗と大きくリードしているが、敗れた2回はいずれもフランスのホームゲーム、さらにパリ以外の開催である。1992年の準々決勝はニーム、2003年の準々決勝はトゥールーズでの対戦であった。フランスがパリ以外の国内でスイスに勝利したのは90年以上前の1923年のリヨンでの対戦にさかのぼらなくてはならない。
 このようにシングルス2人の力関係、過去の地方開催でのスイスとの相性を考えると、フランスとしては厳しい戦いを覚悟しなくてはならない。

■大声援が下馬評を覆した1991年の米国との決勝

 しかし、世界ランキング通りにならないのがデビスカップである。もちろん選手を直前まで変更できるという監督の采配もあるが、テニスの世界ではデビスカップだけに許された大声援である。
 本来はサッカー場であるピエール・モーロワ競技場に土を敷き詰め、仮設スタンドを設け、2万7000人収容のテニスコートに変身した。前回の本連載で紹介したスポンサーのBNPパリバはこの3試合のためにフランス国旗を7万5000本用意した。スイス側に分配されたチケットは各日とも1000枚程度にとどまった。またサッカーのリールはこの試合のためにホームゲームを延期したが、リールの年間会員には特別にこのデビスカップ決勝のチケットを販売している。
 これまでの決勝で忘れられないのが1991年の米国との決勝である。リヨンで行われたこの米国との1戦、ピート・サンプラス、アンドレ・アガシという世界のトッププレーヤーを擁する米国に対し、フランスはギ・フォルジュ、アンリ・ルコントと明らかにランキングではかなわない2人を軸とするチームであった。会場のリヨンのジェルランスポーツパレスはサッカーのオランピック・リヨネが本拠地とするジェルラン競技場に隣接する体育館、仮設スタンドも設置し、超満員となった室内では観衆が割れんばかりの大声援、しばしばプレーが中断するという異様な雰囲気の中で、第1ラバーのフォルジュ-アガシ戦こそフランスは落としたが、そこから3試合連続で逆転勝利、フランスは59年ぶりの世界一となったのである。
 さて、大観衆の声援に応え、フランスは下馬評を覆すことができるだろうか。(続く)

このページのTOPへ