第3760回 新大陸で有終の美を飾れるか、ディディエ・デシャン(1) 26人のメンバーを発表

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■ワールドカップ後に代表監督を退任するディディエ・デシャン

 4年に一度のサッカーの祭典、ワールドカップがやってきた。今回のワールドカップは史上初めて3か国(米国、メキシコ、カナダ)で開催され、史上最多の48か国が本大会に出場する。この北中米ワールドカップ後に現在のフランス代表のディディエ・デシャン監督は退任することを表明している。

■1998年ワールドカップで主将としてトロフィーを掲げる

 本連載でしばしば紹介してきた通り、デシャンはナントでプロデビュー、デビュー戦は交代出場であったが、のちに多くのチームで監督を務めるバヒッド・ハリルホジッチに代わって試合の終盤にピッチに入る。ナントでは、若くして主将を任される。
 その活躍は1990年のワールドカップ予選で苦戦していた代表スタッフの目につき、予選途中に代表デビューする。デシャンも活躍したが、チームはユーゴスラビア、スコットランドに及ばず、ワールドカップ出場を逃す。直前の1988年欧州選手権予選でも敗退しており、フランスにとっては試練の時期となった。1992年欧州選手権は予選で8戦全勝というグランドスラムを達成する。予選参加国も本大会出場国も増えた現在では予選のグランドスラムは珍しくないが、当時は極めて珍しいことであり、スペインとチェコスロバキアを退けた強さは本物であった。しかし、本大会では惨敗、そして1994年ワールドカップ米国大会は最後にホームで連敗し、デシャンはまたワールドカップ出場を逃す。
 ここでフランスはエメ・ジャッケに代表監督を交代し、ようやくフランスに日が差したのが1996年にイングランドで開催した欧州選手権、フランスは準決勝に進む。開催国として予選免除となった1998年ワールドカップ、ベテランを外し、主将にデシャンを据えたフランスは大会前の親善試合で振るわず、メディアからの批判を浴びる。しかし、本大会が始まるとフランスは快進撃を続け、初優勝を飾り、スタッド・ド・フランスでデシャンはワールドカップを高々と掲げたのである。デシャンは2000年の欧州選手権でも優勝し、代表を引退する。

■フランス代表の監督として多数のタイトルを獲得

 モナコやユベントス(イタリア)、マルセイユの監督を務め、2012年の欧州選手権後にローラン・ブランを次いで代表監督に就任、それ以来、2014年ワールドカップでは準々決勝進出、2016年欧州選手権では自国開催で準優勝、2018年ワールドカップでは優勝、選手としても優勝経験のある3人目の優勝監督となった。2020年欧州選手権は決勝トーナメント1回戦でPK負けしたが、2022年ワールドカップはアルゼンチンとの伝説の死闘で準優勝、2024年欧州選手権は準決勝進出という成績を収めている。またこれらに準ずる大会として始まったUEFAネーションズリーグはこれまでに4回行われたが、2021年に優勝、2025年は3位になっている。これまで177試合を戦い、114勝35分28敗という卓越した戦績を残し、その集大成が選手としてはプレーできなかった米大陸でのワールドカップである。

■ワールドカップに臨む26人のメンバー

 5月14日にデシャン監督はワールドカップに臨むメンバー、26人を下記の通り発表した。
 GKはブリース・サンバ、マイク・メニャン、ロバン・リセ、DFはマロ・グスト、ルカ・ディーニュ、ダヨ・ウパメカノ、ジュール・クンデ、イブラヒマ・コナテ、ウィリアム・サリバ、テオ・エルナンデス、ルカ・エルナンデス、マクサンス・ラクロワの9人、MFはマヌ・コネ、オーレリアン・チュアメニ、エンゴロ・カンテ、アドリアン・ラビオ、ウォーレン・ザイール・エメリ、ラヤン・シェルキ、マグネス・アクリウシュの7人、FWはウスマン・デンベレ、マルクス・テュラム、キリアン・ムバッペ、ミカエル・オリーズ、ブラッドリー・バルコラ、デジレ・ドゥエ、ジャン・フィリップ・マテタというメンバーが名を呼ばれたのである。(続く)

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