第2337回 マルセイユ、ヨーロッパリーグ準優勝(7) リヨンでの決勝の相手はアトレチコ・マドリッド

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■決勝の相手はアトレチコ・マドリッド

 オーストリアのレッドブル・ザルツブルクとのヨーロッパリーグ準決勝、第2戦の90分を終えた段階で第1戦と同スコアとなり、アウエーでの延長戦となった。延長後半の116分、ローランドの放ったシュートはこの試合でチームとしての初めての枠内シュートとなり、得点となる。マルセイユは1-2で敗れたが、2試合通算得点で上回り、決勝進出となる。
 もう一つの準決勝は優勝候補同士の対戦、スペインのアトレチコ・マドリッドとイングランドのアーセナル、第1戦はロンドンのハイベリーで行われ、1-1のドローとなる。第2戦はマドリッドでの試合となったが、スコアレスドローでも勝ち抜くことができるアトレチコ・マドリッドは前半のアディショナルタイムの47分にディエゴ・コスタがゴールを決める。この1点を守り切って、2試合通算得点2-1として決勝進出を決める。なお、この第2戦でアーセナルの主将を務めていたフランス代表のローラン・コシエルニーは右足のアキレス腱を断裂し、ワールドカップ出場が絶望的となった。
 アトレチコ・マドリッドは一昨年のチャンピオンズリーグで決勝に進出していることが記憶に新しいが、ヨーロッパリーグでも2010年、2012年に続いてこれが3回目の決勝進出となる。そしてこれまで2回の決勝ではいずれも勝利している。

■フランス勢で最多となる5回目の欧州カップ決勝

 マルセイユの欧州カップでの決勝進出はこれが5回目、1991年のチャンピオンズカップ、1993年のチャンピオンズリーグ、1999年のUEFAカップ、そして2004年のUEFAカップである。フランスのクラブの中では5回の決勝進出は最多であり、パリサンジェルマン、モナコ、スタッド・ド・ランスがそれぞれ2回、サンテチエンヌ、ボルドー、バスティアが1回あるだけである。

■決勝で成績の悪いフランス勢

 しかし、これまで4回の決勝の中でマルセイユが勝利したのは1993年のチャンピオンズリーグ、ドイツのミュンヘンで行われたACミラン(イタリア)戦だけであるが、この優勝は八百長疑惑によって大きく価値を落とすことになった。
 1991年のチャンピオンズカップはユーゴスラビアのレッドスター・ベオグラードとイタリアのバリで対戦し、一方的に攻め込みながら、得点を奪うことができず、PK戦で涙を飲んでいる。八百長事件の後マルセイユは国内では力を失うが、UEFAカップでは2回決勝に進出している。1999年はロシアのモスクワ(ルジニキ)でイタリアのパルマと対戦したが、全くいいところがなく、0-3で完敗、2004年もスウェーデンのエーテボリでスペインのバレンシアと対戦、これも0-2と敗れている。これまで4回決勝戦を戦っているが、得点はわずかに1点、後に浦和レッドダイヤモンズで活躍したバジル・ボリがミュンヘンで決めたヘディングシュートだけである。
 もっとも、フランスの他のクラブで欧州カップの決勝で勝利したことがあるのは196年のカップウィナーズカップのパリサンジェルマンだけであり、決勝戦で弱いのはマルセイユに限ったことではない傾向である。

■32年ぶりに欧州カップ決勝を迎えるリヨン

 しかし、今回の決勝は少々事情が異なる。それは決勝がリヨンで行われることである。欧州カップの歴史のうち、1回戦制で行われる決勝では、これまでに10回フランス国内で決勝戦が行われてきた。しかし、そのほとんどはパリ並びにその近郊で行われ、パリのパルク・デ・プランスで6回、サンドニのスタッド・ド・フランスで2回の実績がある。地方都市では、1986年のカップウィナーズカップがリヨンのジェルラン競技場、1988年のカップウィナーズカップがストラスブールのラ・メノー競技場で行われたことがあるだけである。リヨンには32年ぶりに欧州カップの決勝が戻ってきた。そして、フランス国内で行われる1回戦制の決勝にフランス勢が出場するのは1956年の第1回のチャンピオンズカップ(スタッド・ド・ランス-レアル・マドリッド)以来、62年ぶりのことなのである。(続く)

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