第287回 フランスカップ本格化(8) バイヨンヌ-パリサンジェルマン戦の開催地

■バイヨンヌの提案はスペイン、サンセバスチャンのアノエタ競技場

 ガンガン、ボルドーと1部リーグのチームを連破してベスト8決定戦に進んだアマチュアチームのバイヨンヌ。ベスト8決定戦の組み合わせ抽選会が1月25日の午前中にテレビ中継されたが、バイヨンヌのリビングルームのテレビも前では2回、歓声が上がった。1回目はバイヨンヌがホームゲームを引き当てた時、そして2回目は相手がパリサンジェルマンであった時である。
 誰しもが、バイヨンヌはどこで試合を行うかに関心を持ったが、バイヨンヌのクラブの首脳陣は相手がパリサンジェルマンであると決まった際に「アノエタ!」と叫んだ。アノエタという競技場を探してもなかなか見つからないであろう。なぜならばアノエタとは国境を越えたスペインのサンセバスチャンにあるスタジアムだからである。アノエタ競技場はスペインリーグの強豪レアル・ソシエダのホームスタジアムで収容人員は3万6000人を誇る。アビロン・バイヨンヌとレアル・ソシエダは提携関係を結んでおり、毎年バイヨンヌから若手選手がレアル・ソシエダの育成機関に派遣されている。また距離的にもわずか50キロしか離れていない。ボルドーとの対戦が「ダービーマッチ」と言っても距離的には200キロ近くの隔たりがある。そして国境を越えてもバイヨンヌもサンセバスチャンも「バスク」という文化圏である。そう考えるとバイヨンヌとサンセバスチャンはまさに近隣であると言える。バイヨンヌでの試合開催を断念せざるを得ないバイヨンヌにとってバスク地方のサンセバスチャンは「最適」の候補地であろう。バイヨンヌ側はバイヨンヌの近くの大競技場で試合を行うことにより、大声援をバックに有利に試合をすすめ、ジャイアントキリングを期待できる。一方、パリサンジェルマンとしてはこの試合がパリ開催あるいは中立地開催となれば、バイヨンヌのホームアドバンテージを奪うことができる。

■フランス国外でのフランスカップの開催が論議に

 しかし、クラブ同士の提携関係があり、距離的、文化的に近いとは言ってもバイヨンヌとサンセバスチャンとの間には国境がある。バイヨンヌのサンセバスチャンでのホームゲーム開催について、「異議あり」と声がかかった。異議の内容は「フランスカップはフランス国内で開催するべきである」という意見である。ところが、フランスカップの大会規定には開催地がフランス国内か否か、ということには触れられていない。実際に数多くの試合が行われているモナコはフランス国外であり、全く判断のつかない案件となったのである。

■バイヨンヌのロビー活動、政治問題にも発展

 さらに、この「国外でのフランスカップ開催」に対する賛否は単純なサッカーの試合のホームアドバンテージの問題ではなく、政治的な問題をはらんできた。本連載の第246回でも紹介したとおり、欧州等では地理的なつながりよりも文化的なつながりが重要になってきている。従来の大陸別の選手権に加え、アラブチャンピオンズリーグが発足したのはその象徴である。フランスとスペインにまたがるバスク地方も同様に独立の気運があり、中央と対立している。サンセバスチャンでの開催を認めることはバスクを認めることにつながる。
 このような政治問題に発展しかねない中でバイヨンヌ側は抽選の翌日からパリを訪問、フランス協会だけではなく、フランス政界の大物にもアプローチを始めた。バイヨンヌ市助役が接触したのは内務大臣のニコラ・サルコジ、次期大統領の有力候補である。右派・共和党連合のサルコジ内相にとって同じ共和党連合の現大統領ジャック・シラクが第一のライバルである。ご存知のとおりシラク大統領の基盤はパリであり、パリ市長時代にはパリサンジェルマンへの財務的支援をしていた。したがってバイヨンヌのサルコジ内相への接触は当然の選択であろう。このところのサルコジ内相の台頭はシラク大統領だけではなく、日本外交筋にとっても大きな脅威である。今までは親日派のシラク政権下で安定した日仏関係を構築していた。しかし、現大統領の対抗勢力として反日色を前面に出すサルコジ内相がエリゼ宮の主となれば、従来はジャック・グラブローなどのルートで難題を解決してきた日本外交筋も苦戦を強いられることになろう。

■2月10日21時、パルク・デ・プランスでキックオフ

 この件は、フランスカップの中央組織委員会、フランス協会などで審議され、最終的な決定がなされたのは議論が始まってから1週間以上経った2月2日のことであった。バイヨンヌの選手がバスクの象徴であるベレー帽をかぶって姿を現すのはパリのパルク・デ・プランス、バイヨンヌの思いは伝わらなかった。しかし、試合で負けたわけではない。まだ試合は始まっていない。国民全体を議論に巻き込んだ試合のキックオフは2月10日21時である。(この項、終わり)

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