第904回 天王山を終えてチュニジアと親善試合(4) チュニジアサポーターのブーイングにフランス政府が反応

■国歌に対するブーイング、2人の閣僚が退席

 7万5000人と言うフランス代表としては久しぶりの満員のスタンドに交互に並んだフランスとチュニジアと選手たちの前で、国歌演奏が行われたが、ラ・マルセイエーズはブーイングの嵐にさらされたのである。このブーイングはスタジアムの多くを占めたチュニジアのサポーターによるものであり、ブーイングに耐えかね、ロズリーヌ・バシュロ・ナルカン厚生・青少年・スポーツ・市民活動大臣とベルナール・ラポルト・スポーツ・青少年・市民活動担当閣外大臣は退席してしまったのである。
 アルジェリア戦、モロッコ戦とこれまでマグレブ諸国とスタッド・ド・フランスで試合を行った際には必ずトラブルが起こり、3度目となる今回のチュニジア戦ではトラブルが起こらないように関係者は準備をしてきたが、今回も国歌に対するブーイングと言う問題が起こってしまった。これはフランスが抱えている最大の社会問題が移民問題であると言うことを改めて世に知らしめることになったのである。

■アルジェリア戦、モロッコ戦についで3度目の不祥事

 アルジェリア戦、モロッコ戦、そして今回のチュニジア戦とスタッド・ド・フランスを満員に膨れ上がらせたほとんどの観衆はアルジェリア、モロッコ、チュニジアのサポーターである、スタジアムは完全なアウエー状態となった。そしてこのスタッド・ド・フランスをアウエー状態にしたサポーターたちは地中海を越えてきたのではなく、そのほとんどはパリならびにその近郊に住み、地下鉄でスタジアムにやってきたのである。彼らマグレブからの移民のほとんどはパリに雇用を求め、物価の安いパリ近郊の団地に住んでいる。彼らの暮らし向きは決して裕福ではなく、社会に対する不満も小さくはない。日常生活における不満、鬱憤を晴らす場がサッカー場というのはよくある話であるが、これが母国の代表チームの試合となれば、絶好のチャンスであろう。しかし、これはその他のファン、選手、関係者にとってははなはだ迷惑な話であるが、群集心理が働き、アルジェリア人、モロッコ人についでチュニジア人も同じ行動を取ったのである。

■試合の翌日にフランス側は閣議決定、困惑するサッカー界

 この事件を受けてフランス政府の動きは早かった。試合の翌日の昼食後に閣議が開催され、国歌演奏時にブーイングなど国歌を侮蔑する行為があった場合は、試合の即刻中止、参加した閣僚は退席、ブーイングなど国歌を侮蔑した対戦国との試合は凍結、国歌に対する侮辱罪を適用し、個人の場合は750ユーロ、組織の場合は7500ユーロの罰金を科す、と言うことを決定した。
 国歌に対する侮辱罪は2002年のフランスカップ決勝の際にコルス独立を求めるバスティアのサポーターがラ・マルセイエーズにブーイングを浴びせたことに対し、当時のニコラ・サルコジ内務大臣の主導の下にその翌年に制定されたものである。
 そして内務大臣から国家元首となったサルコジ大統領は今回の不祥事に関しても厳しい態度で臨み、試合の中止や対戦の凍結と言うサッカーの世界に立ち入った決定を下したのである。これに対してサッカー界は困惑気味である。国歌演奏の際にブーイングが起こった際にこれからキックオフされようとしている試合を中止するのは至難の業である。しかもその試合が今回のチュニジア戦のように親善試合であったならばまだしも、ワールドカップ予選や欧州選手権の予選の場合はどのようにすればよいのであろうか。そして国歌に対するブーイングはあってはならないことであるが、通常の国際試合、特にアウエーチームの国歌演奏の場合、多少は存在するものである。この国歌に対する侮辱罪を適用するかどうかの判断基準はどのように運用すればよいのであろうか。このサルコジ内閣の決定によるサッカー界の混乱はしばらく続きそうである。

■ブーイング問題の本質

 この国歌に対するブーイングの本質は、ブーイングをしているチュニジアのサポーターのほとんどはチュニジアから来たのではなく、フランス語を話し、フランス国籍を取得し、フランスで生活をしていることにある。また試合前の選手紹介ではチュニジア系であるハテム・ベンアルファに容赦ないブーイングが飛んだ。ブーイングを浴びせたチュニジアのサポーターとブーイングを浴びたベンアルファは同じ境遇である。自分の生活している国の国歌、自分と同じ出自でフランスで成功している同胞に対してブーイングを浴びせた。これはフランス社会の持つ根強い問題ではないであろうか。(この項、終わり)

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