第1807回 2015年アフリカ選手権(1) 大会開催64日前に決まった赤道ギニアでの代替開催

 このたびパリ並びにパリ近郊で起こった銃撃事件の犠牲者の方々のご冥福を祈るとともに、サッカー界での人種差別についてしばしば取り上げている本連載に対する読者の皆様からのご支援に感謝いたします。

■フランスと緊密な関係のあるアフリカ選手権

 奇数年の初めの風物詩として定着したのがアフリカ選手権である。本連載で毎回このアフリカ選手権をとり上げる理由は、このアフリカ選手権が非常にフランスのサッカーと関係があるからである。フランスはアフリカに多くの植民地を有し、それらの国は旧宗主国のフランスと政治経済の面で緊密な結びつきがある。そしてそれはサッカーの世界も同様である。
 多くの選手がフランスの影響を受けた教育を受け、そして多くのフランス人指導者がアフリカの地に渡り、そして多くの選手がフランスのクラブでプレーし、フランスのクラブを経由して他の欧州のクラブに移籍するケースもある。アフリカ選手権はそれらのアフリカの原石が2年に1回集う品評会の場であると言っても過言ではない。
 また、アフリカの選手を多数抱えるフランスのクラブではこの時期に長期間アフリカの代表選手をリリースすることになり、クラブの成績を左右するようなケースもある。
 このようにアフリカ選手権は単純にアフリカの大陸別選手権にとどまらない影響力を持っているのである。

■当初開催予定のモロッコが赤道ギニアに変更

 今年の開催国は赤道ギニアである。本来はモロッコで開催する予定であったが、モロッコはエボラ出血熱流行を受けて昨年10月に大会の延期を要請する。しかし、この要請は主催者であるアフリカサッカー連盟から認められず、逆にモロッコは大会を開催する意思がないとみなされ、大会の開催権だけではなく出場権まで剥奪されるということになった。代替開催国についても候補が浮かんでは消え、浮かんでは消え、結局、11月中旬に赤道ギニアでの開催することになった。赤道ギニアはエボラ出血熱の流行に対し早めに対策を打った国で、隣国では感染者は出ているが、食い止めている点が評価された。歴史的には1968年に独立した国であり、アフリカでは唯一スペインから独立した国である。

■15の椅子を争う予選でナイジェリア、エジプトが敗退

 本大会には16チームが出場するが、予選には51チームが参加し、2014年4月の予備戦から始まり、11月まで行われ、15の椅子を争った。予選は4月から8月まではノックアウト方式の予備戦、そして9月から11月までは4チームずつ7つのグループに分かれ、インターナショナルマッチデーにホームアンドアウエー形式のリーグ戦方式で戦った。各グループの上位2チームに加え、3位チームで最も良い成績を残した1チームの合計15チームが本大会出場となる。上位2位までに入ったのは南アフリカ、コンゴ共和国、アルジェリア、マリ、ガボン、ブルキナファソ、カメルーン、コートジボワール、ガーナ、ギニア、カーボベルデ、ザンビア、チュニジア、セネガルの14か国である。
 本連載の読者の皆様は前回大会の覇者であり、昨年のワールドカップに出場したナイジェリア、前々回のこの大会のチャンピオンでありアフリカサッカーの盟主エジプトなどの名がないことに気付かれるかもしれないが、ナイジェリアはグループAで南アフリカ、コンゴ共和国に次ぐ3位、エジプトはグループGでチュニジア、セネガルに次ぐ3位となっている。3位になった7チームの中で最も良い成績を残したのはグループDでカメルーン、コートジボワールと戦ったコンゴ民主共和国、3勝3敗の勝ち点9でナイジェリアを勝ち点1差で抑えて出場権を得た。

■予選で失格となっていた赤道ギニア

 予選勝ち上がり15チームのうち10チームは前回大会に引き続いて連続出場、それ以外の5チームに初出場のチームはなかった。この15チームに開催国のモロッコを加えた16チームでアフリカ王座が争われるはずであったが、モロッコが出場できず、代替開催の赤道ギニアは2大会ぶり2回目の出場を果たす。この赤道ギニアは当初モロッコ開催に向けて予選を戦い、予備戦2回戦でモーリタニアに1勝1敗、得失点差で勝ち上がるところであったが、出場資格のない選手を出場させたため、失格となった。
 このようにいくつもの事件が起こるのはアフリカなら当然、準備期間わずか64日間でキックオフを迎えるのである。(続く)

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