第3792回 新代表監督・ジネディーヌ・ジダン(1) 現役引退後のレアル・マドリッドでの活動

 平成23年東日本大震災、平成28年熊本地震、平成30年7月豪雨、台風15号、19号、令和2年7月豪雨、令和6年能登半島地震、令和8年熊本地震などで被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、被災地域だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■9月の下旬からUEFAネーションズリーグを戦う代表チーム

 ワールドカップも終了したが、各チームはすでにワールドカップ期間中から来季に向けて始動している。来季のフランスリーグの開幕は8月21日、マルセイユ-ストラスブール戦で開幕する。
 そして代表チームも9月下旬からUEFAネーションズリーグが始まる。来季から代表チームが戦うインターナショナルマッチデーのスケジュールが変更され、9月の下旬から10月の初めにかけて4試合が行われる。そして11月の中旬は従来通り中旬に2試合が行われる。この期間を利用してUEFAネーションズリーグのグループリーグ6試合が行われ、各グループの上位2チームが3月下旬のホームアンドアウエー方式による準々決勝、その勝者4チームが6月にセントラル方式で行われる準決勝、決勝(3位決定戦)を戦うことになる。すなわち、ワールドカップが終了してからも欧州の国同士でのタイトルマッチが延々と続くことになる。
 フランスはリーグAのグループ1、イタリア、ベルギー、トルコと対戦する。初戦は9月25日のトルコ戦、第2戦は28日のベルギー戦とアウエーでの戦いが続き、10月に入って2日にイタリア戦、5日にベルギー戦とホームのスタッド・ド・フランスでの戦いとなる。

■7月18日に正式発表されたジネディーヌ・ジダンの代表監督就任

 2012年から代表監督の指揮を執ってきたディディエ・デシャン監督は今年の初めにはワールドカップ終了後に代表監督の座を退くことを表明している。後任の監督についてはジネディーヌ・ジダンが有力視されており、7月28日に正式に次期代表監督に就任することが決定した。

■ユベントス、レアル・マドリッドで名将の薫陶を受けたジダン

 ジダン新監督であるが、フランス代表として活躍したのは1994年から2006年のドイツでのワールドカップまでであり、本連載でもしばしば取り上げてきた。1998年の自国開催でのワールドカップでの活躍はフランス国民の誇りである。一方、所属クラブであるが、下部組織に所属していたカンヌで1988年にプロデビュー、1992年にボルドーに移籍する。
 1996年にイタリアのユベントスに移籍してからクラブチームでも代表チームでも黄金時代を迎えることになる。2001年にスペインのレアル・マドリッドに移籍、2006年に現役引退をしている。ユベントス、レアル・マドリッドでそれぞれ5年プレーし、多くのタイトルを獲得したが、この10年間がジダンの第二の人生の大きな影響を与えている。それはユベントスではマルチェロ・リッピ、カルロ・アンチェロッティ、レアル・マドリッドではビセンテ・デル・ボスケ、カルロス・ケイロス、ホセ・アントニオ・カマーチョという名将の下でプレーしたことである。名将との出会いが、ジダンの現役引退後の指導者としての成功につながったことは間違いないであろう。

■引退後はレアル・マドリッドでアシスタントコーチなどを務めたジダン

 引退後しばらくは解説者を務めていたが、レアル・マドリッドはアドバイザー、スポーツディレクターとしてジダンを離さなかった。ジダンは指導者ライセンスを持っていなかったので監督やアシスタントコーチに就任することができなかったが、2013年にUEFAの指導者ライセンスを取得するとアシスタントコーチに就任、監督のアンチェロッティを支えることになる。その後、リザーブチームのアシスタントコーチも務め、リザーブチームが参加する2部リーグでは実質的な指揮を執った。
 ジダンがプロチームの監督を務めるために必要なUEFAプロライセンスを取得したのは2014-15シーズン終盤の2015年5月のことであった。2014-15シーズンのレアル・マドリッドは、22連勝というクラブ新記録を作り、クラブワールドカップ、スーパーカップで優勝しながら、リーグ、カップ、チャンピオンズリーグではタイトル獲得ならず、シーズン終了後にアンチェロッティ監督が解任された。レアル・マドリッドのファンはようやくジダン監督誕生かと期待したが、ジダンは監督に指名されなかったのである。(続く)

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