第3024回 ラロッシェル、欧州チャンピオンに(3) 試合終了直前の3本目のトライで逆転し優勝

 平成23年の東日本大震災、平成28年熊本地震、平成30年7月豪雨、台風15号、19号、令和2年7月豪雨などで被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、被災地域だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■ラロッシェルを率いるローナン・オガーラ

 2年連続で欧州チャンピオンズカップの決勝に進出したラロッシェル、このチームを率いるのが、アイルランド人のローナン・オガーラである。研究者だった父の元で米国で生まれたが、生後6か月でアイルランドに戻っている。ムンスターの選手としてスタンドオフとして活躍、アイルランド代表として2003年のワールドカップにも出場している。日本とも2000年11月11日にダブリンで対戦した試合には出場していたが、日本の皆様になじみがないのは2005年6月の訪日メンバーに入っていなかったからであろう。この時はブリティッシュライオンズの一員としてニュージーランドに遠征していたのである。
 2013年に現役を引退した後はコーチの道を歩むが、16年間在籍したムンスターではなく、フランスに渡りラシン92のディフェンスコーチとなる。その傍ら、アイルランドでも指導をし、ジョナサン・セクストンを育てたのはオガーラと言われている。2019年にはニュージーランドのクルセーダーズのアシスタントコーチとなり、スーパーラグビーでチームを優勝に導く。このシーズンはクルセーダーズは日本のサンウルブズとの対戦がなく、ここでも日本と縁がなかった。そして2019年にラロッシェルの監督となる。ラグビーの関する考え方はKBA(=Keep Ball Alive)、すなわちボールを躍動させ続けろ、この考え方がラロッシェルを躍進させた。

■黄色と黒の大きなうねりとなったスタジアム

 そして100年以上眠っていたファンもチームの快進撃に沸いた。ラロッシェルのチームカラーは黄色と黒、これは創設時は試合の相手は軍隊しかなく、その際に一方のチームが黄色、もう一方のチームが黒を目印にしていたことが由来となっている。

■ジョナサン・セクストンのペナルティゴールで得点を重ねるレンスター

 通常は青く染まるベロドローム、5月28日は黄色と黒に染まった。対するアイルランドのレンスターは青のジャージー、スタンドオフはオガーラの教え子であるセクストンである。5万9000人の観衆の前で、セクストンは序盤に立て続けに2本のペナルティゴールを決める。これに対してラロッシェルは10分に南アフリカ代表のウイングのレイモンド・ルールがトライをあげ、イハイア・ウェストがゴールを決めて逆転する。この選手は2014年にマオリオールブラックスの一員として訪日したことから、日本の読者の皆様はよくご存じであろう。しかし、レンスターはセクストンがペナルティゴールを決めて逆転、前半のインジュアリータイムにも3点を追加し、12-7としてハーフタイムを迎える。
 点差を詰めておきたいラロッシェルはペナルティゴールのチャンスを逃さず、後半開始早々の42分にゴールから15メートルの至近距離でペナルティを得るが、ウェストのキックが成功、10-12と2点差に迫る。しかし、48分にレンスターもゴール前で得た反則でセクストンがこの日5本目のペナルティゴールを決めて、5点差にし、さらに53分にも25メートルのペナルティゴールを決めて18-10とする。

■圧巻のラスト15分、終了間際に逆転トライをあげたラロッシェル

 この点差でラロッシェルはトライに照準を絞った。61分にはペナルティキックを得てゴールを狙わずにゴール前のタッチを狙う。ラインアウトからのモールを押し込んでフッカーのピエール・ブーガリがトライをあげ、ゴールも決まって1点差に迫る。
 この直後にセクストンが交代するが、代わって入ったロス・バーンが65分にペナルティゴールを決めて4点差、残り15分を守り切ろうとする。この15分間はラロッシェルが圧倒した。しかし、試合を優勢に進め、レンスターの規律が乱れても、なかなかラロッシェルは得点をあげることができない。ペナルティゴールの3点では1点届かない。試合の終盤ラロッシェルがレンスターをゴール前にくぎ付けにする。ゴール前でラロッシェルボールのスクラムが繰り返される。79分、スクラムハーフのアルトゥール・ルティエールがサイドを突き、インゴールに飛び込む。微妙なプレーであり、主審のウェイン・バーンズ氏はTMOを要求、その結果、ラロッシェルのトライが認められ、ラロッシェルが24-21と勝利する。ラロッシェルは大西洋岸のチームとして初めて欧州チャンピオンとなり、サッカーのフランスカップのナントに続いて大西洋に臨む港町が栄冠に輝いた。
 フランス勢はこれまで決勝でアイルランド勢に勝利したことがなかったが、ラロッシェルがその壁を破ったのである。(この項、終わり)

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