第581回 ポルトガルと3度目の準決勝対決(2) 伝説のポルトガル戦、2000年6月28日ブリュッセル

■ボールボーイを務めたジネディーヌ・ジダン

 前回の本連載で紹介した1984年欧州選手権準決勝のフランス-ポルトガル戦はフランス国内では屈指の名勝負と言われているが、敗れたポルトガル国内でも非常に高い評価を受けている試合である。ポルトガル国内でもポルトガル代表史上最高の試合と評価する人も少なくない。
 そしてこの試合に特別な感慨を持つ選手がフランス代表に一人いる。それはエースのジネディーヌ・ジダンである。サッカー・クリックの「フランス・サッカー実存主義」の第36回で紹介したとおり、この試合のボールボーイを地元のサッカー少年であったジダンが務めていたのである。この試合でジダンは決勝点を挙げたミッシェル・プラティニの姿に感動し、背番号10を目指したという歴史がある。おそらくジダンにとってこの試合が目の前でフランス代表を見た最初の機会であろう。もしこの試合がポルトガル戦でなければ、ジダンの人生そしてフランスのサッカーの歴史は異なっていたであろう。

■先手を取られたフランスが追いつき延長戦突入

 そのジダンは2回目のポルトガルとの準決勝には自らが選手として出場している。自国開催の1998年のワールドカップを制したフランスにとってその真価が問われる大会となった。フランスはワールドカップ1998年大会と同様に早々と突破し、グループリーグ最終戦では控えメンバーで戦いオランダに敗れて2位となる。決勝トーナメントではスペインを破り、ポルトガルと準決勝で対戦する。ブリュッセルのボードワン国王競技場で行われたこの試合、先手を取ったのはポルトガルである。19分にウーノ・ゴメスのゴールで先制する。フランスが追いついたのは後半に入った51分、ティエリー・アンリのゴールで同点に追いつく。そして試合は両チームとも攻撃的な姿勢は崩さないものの、なかなか得点を挙げることができず、フランスはニコラ・アネルカに代え、シルバン・ビルトールを投入するが得点にはいたらず、延長戦に入る。
 この時の大会規則は延長戦ではゴールデンゴール方式が採用されており、延長戦はスリリングな試合となった。延長前半を終えても両者相譲らず、延長後半にフランスは先制点を上げたアンリに代えてダビッド・トレゼゲを投入する。試合開始時にアネルカ-アンリだった攻撃陣はビルトール-トレゼゲへと一新される。延長後半になっても両チーム攻守が続き、PK戦かと思われた117分、事件は起こった。

■延長後半終了間際にきわどい判定のハンド

 右サイドのゴールラインぎりぎりからからビルトールがセンタリング、このボールがポルトガルのDFアベル・ザビエルの手に当たり、ゴールラインの外へ飛び出した。オーストリア人の主審グンター・ベンコ氏はペナルティ・スポットを指差す。ポルトガルイレブンはボールが手に当たったのはゴールラインの外であると主張、激しく抗議するポルトガルの選手、時計の針はどんどん過ぎていく。しかしながら主審が判定を覆すことなく、ペナルティ・スポットにボールは置かれる。キッカーはジダン、あのマルセイユはベロドローム競技場の試合から16年、16年の月日はサッカー少年をサッカー選手にした。憧れのヒーローのつけていた背番号を自らが背負うことになった。ペナルティ・スポットに置かれた球を蹴った瞬間、ジダンの脳裏をよぎったのはもちろん16年前のベロドロームでの光景であろう。

■16年前同様「背番号10」が決勝点

 ポルトガルのイレブンは完全に集中力が切れてしまい、GKのビルトール・バイアのセーブは力がなく、ジダンの蹴った球はゴールネットを力強く揺らす。この瞬間に試合終了、背番号10が決勝点を挙げ、フランスが決勝進出を果たした。
 試合終了のホイッスルがなってもポルトガル選手の怒りは収まらず、執拗に審判団に抗議する。ヌーノ・ゴメス、アベル・ザビエル、パウロ・ベントの3人はUEFAから長期間にわたる出場停止という重いペナルティを課せられ、後味の悪い試合となったことが残念であるが、両チームお互いに攻め続けたことは高く評価すべきである。ワールドカップ、欧州選手権の本大会でゴールデンゴール方式で勝負がついたのは1996年欧州選手権決勝(ドイツ1-0チェコ)、1998年ワールドカップ決勝トーナメント1回戦(フランス1-0パラグアイ)、そしてこの2000年の欧州選手権準決勝(フランス2-1ポルトガル)の3試合であるが、延長戦に入って両チームが積極的に攻めあったという点でこのフランス-ポルトガル戦は最高の試合である。
 そして3度目の準決勝対決はどのような試合になるのであろうか。(続く)

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