第3791回 2026年ワールドカップ回顧(3) 得点王キリアン・ムバッペ、アシスト王ミカエル・オリーズ

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■2大会連続の得点王キリアン・ムバッペ、ペレを抜いたアシスト王ミカエル・オリーズ

 前々回の本連載はフランスのクラブから出場した選手、前回はフランス人監督について紹介してきた。今回は最終回として個人に注目したい。
 まずは得点王争い、7月18日の3位決定戦のイングランド戦で2点を奪い、キリアン・ムバッペが単独トップに立ったが、翌日の決勝戦にアルゼンチンのリオネル・メッシは出場したものの、ゴールを奪うことができず、ムバッペが史上初の2大会連続の得点王となった。
 また、アシスト王はミカエル・オリーズが7アシストで獲得、ブラジルのペレの6アシストを塗り替える新記録となった。なお、オリーズの7アシストのうち5つはムバッペが得点しており、得点選手間のアシストとゴールの歴代最多記録となった。
 フランスは前回大会もアントワン・グリエズマンがアシスト王(3アシストで5人が並ぶ)を獲得しており、2大会連続で得点王とアシスト王を輩出した。これまでに単独で得点王とアシスト王を同一の国が獲得したことは1974年大会のポーランドのグジェゴシ・ラトー(7得点)とロベルト・ガドハ(5アシスト)だけである。

■1958年大会で13得点を記録したジュスト・フォンテーヌ

 そしてフランスの今回の総得点は20、これはイングランドと並んで最多であるが、フランスは前回大会も16点で最多得点、ただし優勝した2018年大会は14点でベルギーの16点に次いで2位である。なおフランスは優勝した1998年だけではなく、4位になった1982年大会、3位になった1958年大会も最多得点チームとなっており、今大会が5回目となる。
 10得点をあげたムバッペは史上4人目の二桁得点者となった。そしてワールドカップ出場3大会目にして22得点となった。この時に何回も名前が出てきたのがジュスト・フォンテーヌである。ワールドカップに出場したのは1958年のスウェーデン大会だけであるが、この時に13得点をあげ、1954年スイス大会のハンガリーのシャーンドル・コチシュの11得点を上回り、いまだ破られぬ1大会個人最多得点である。その後、1大会で二桁得点を記録したのは1970年メキシコ大会のゲルト・ミューラーの10点だけである。ムバッペは前回大会までのワールドカップでも通算得点が12であり、今大会の初戦のセネガル戦で2得点をあげてフォンテーヌの記録を抜いた。

■スタッド・ド・ランスの選手として68年ぶりにワールドカップ本大会で得点を決めた中村敬斗

 このフォンテーヌが所属していたのがスタッド・ド・ランスである。1958年当時のフランス代表はスタッド・ド・ランスの選手を中心に他のチームの選手を補強したような形であり、スタッド・ド・ランスの監督を務めているアルベール・バトーが監督を務めた。スタッド・ド・ランスは黎明期のチャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグの前身)では2回決勝に進出しながらいずれもレアル・マドリッド(スペイン)に敗れている。
 フランスサッカーの歴史を語る上で不可欠なチームであるが、その後低迷し、ようやく2010年代に1部に復帰した。しかし、タイトルが獲得できないだけにとどまらず、フランス代表にも選手を送ることもなかった。ただ、今大会で中村敬斗が日本代表に選出され、6月14日のオランダ戦でゴールを決めた。これはスタッド・ド・ランスの選手としてワールドカップ本大会での68年ぶりの得点となり、大きな歴史をつくったのである。

■最多試合、最多勝利を達成したディディエ・デシャン監督

 そして最後に忘れてはならない個人は監督のディディエ・デシャンであろう。今回がルドカップは4大会目となる。ドイツに準々決勝で敗れた2014年ドイツ大会から始まり、2018年には優勝、2022年大会は準優勝、2026年大会は4位という成績を残した。この4大会で指揮を執ったのは26試合、通算勝利数は19勝(いずれも今大会でギ・ステファンコーチが監督を代行したノルウェー戦は除く)となり、今大会でいずれも記録を更新したのである。(この項、終わり)

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