第3742回 ストラスブール、準決勝で敗退(2) 第1戦前半は両チームともスコアレス
平成23年東日本大震災、平成28年熊本地震、平成30年7月豪雨、台風15号、19号、令和2年7月豪雨、令和6年能登半島地震などで被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、被災地域だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。
■クラブ創立から100年以上の歴史を持つラージョ・バジェカーノ
ラージョ・バジェカーノはレアル・マドリッド、アトレチコ・マドリッドに次ぐマドリッドの第三のクラブであるが、日系選手のガエル・カクタが所属したこともあることから日本の皆様はよくご存じであろう。ラージョ・バジェカーノのクラブ創設は1924年、まだバジェカス地域はマドリッド市に編入されていなかったが、クラブ創立から100年以上の時を経て、初めて戦績で欧州カップに出場することになった。
■リーグフェーズでは5位に入ったラージョ・バジェカーノ
ラージョ・バジェカーノは、昨季のスペインリーグで8位となりカンファレンスリーグのプレーオフから参戦した。これはフランスリーグで7位となったストラスブールと同じ段階からの参戦となる。プレーオフではベラルーシのネマン・フロドナに勝利し、リーグフェーズに進出した。リーグフェーズでは第2シードに振り分けられ、第1シードのスロバキアのスロバン・ブラチスラバにアウエーで敗れたが、4勝1分1敗という成績で5位に入った。
■準々決勝でアウエーの第2戦で追いつかれながら勝ち越したラージョ・バジェカーノ
チャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグと同様に決勝トーナメントの1回戦にストレートイン、トルコのサムスンスポルと対戦、アウエーの第1戦で3-1と勝利する。ホームの第2戦は0-1と敗れたが、準々決勝に進出する。
準々決勝はギリシャのAEKアテネと対戦、今度はホームが第1戦である。ラージョ・バジェカーノの本拠地のバジェカス競技場は収容人数が1万5000人弱、欧州カップで準々決勝に残っている24チームの本拠地の中で最も収容人数が少ない。第1戦は3-1と勝利してアテネでの第2戦を迎えた。AEKアテネの本拠地、アギア・ソフィア競技場はギリシャ代表も使用するスタジアム、3万人以上の熱心なファンの声援を受けたAEKアテネは得点を積み重ね、後半立ち上がりの51分、3点目が入り、ラージョ・バジェカーノは2試合通算得点で追いつかれてしまった。残り時間は40分程度、苦戦が予想されたラージョ・バジェカーノであるが、60分にイシ・パラソンが得点を決め、アウエーの第2戦は1-3と敗れたが、これまで唯一の欧州カップ出場となる2000-01シーズンのUEFAカップで果たせなかった準決勝進出を決めたのである。
■若いメンバーのストラスブール、組織的なプレーを展開
準決勝第1戦は4月30日、ラージョ・バジェカーノのホームゲームで行われた。ストラスブールは直前の国内リーグのアウエーのロリアン戦は1-2とリードされていたが、後半のアディショナルタイムの47分と55分にゴールをあげて逆転勝利を収めている。ただ、ストラスブールは準々決勝のマインツ(ドイツ)戦で活躍したバルコが累積警告で出場停止になっていることに加え、負傷やウイルス性の病気により出場できない選手がおり、先発11人の平均年齢は23歳10か月と欧州カップで勝ち残っているチームの中では圧倒的に若いチーム編成となった。
白に赤たすきのユニフォームを着用したラージョ・バジェカーノのキックオフで試合は始まった。若いメンバーが中心となる青いユニフォームのストラスブールは組織的なプレーを心掛ける。この試合で最初のチャンスを作り出したのはストラスブールであった。15分にベン・チルウェルがペナルティエリアの外からシュートを放つが、これは枠を外れる。昨年までチェルシー(イングランド)に所属し、欧州での経験も豊富な29歳のイングランド人が若い選手をリードする。一方のラージョ・バジェカーノも33分にストラスブールの組織的な守備をかいくぐってカウンターアタックを仕掛け、ペップ・チャバリアが25メートルの位置からシュートを放つが、ゴールまでの距離が遠すぎて、得点には至らない。前半は両チームとも中盤で相手の攻撃をつぶし合う展開が続く。なかなか相手のゴール前に迫ることができないままに前半終了の笛が吹かれたのである。(続く)
