第3790回 2026年ワールドカップ回顧(2) 5か国で6人のフランス人監督が指揮

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■6か国のアルゼンチンに次ぎ、5か国で指揮を執ったフランス人監督

 前回の本連載ではフランスのクラブに所属する選手が84人エントリーしたことを紹介したが、フランス人監督も多い大会であった。フランスのディディエ・デシャンだけではなく、ベルギーのルディ・ガルシア、コンゴ民主共和国のセバスチャン・デサブル、ハイチのセバスチャン・ミニェ、チュニジアは大会途中でサブリ・ラムシからエルベ・ルナールへと監督が交代したが2人ともフランス人である。5か国の指揮官がフランス人であったが、これはアルゼンチンの6か国に次ぐ2位、3位は4か国のスペインである。意外なことにイングランドは1人(スウェーデンのグラハム・ポッター)だけである。

■52年ぶりに本大会にハイチを導いたセバスチャン・ミニェ

 チュニジアのラムシとルナールについては本連載でしばしば取り上げた通り、アフリカ、中東で監督としてのキャリアを積んできた。ラムシは初戦のスウェーデン戦で大敗し、ルナールに交代したが、これまでに数々の経験のあるルナールも、さすがに準備期間が短すぎ、日本とオランダに連敗、チュニジアは3連敗で大会から去った。
 ハイチのミニェとコンゴ民主共和国のデザブルもアフリカ諸国で代表監督を重ねてきた。
 ミニェはコーチとしての経歴が長い。名参謀としてのミニェを見出したのはジャン・ピエール・パパンである。ストラスブール、RCランスの監督時代にコーチとして重用し、クロード・ルロワもオマーンとトーゴの代表監督時代にミニェをコーチとしている。ミニェは2017年3月にコンゴで初めて代表監督となり、その後ケニア、赤道ギニアの代表監督を経験し、アフリカネーションズカップにも出場している。ハイチ代表の監督に就任したのは2024年6月のことであった。ハイチは2021年に大統領が暗殺され、自然災害も重なり、治安が悪化し、国情が不安である。そのようなハイチにとって、新監督が率いた代表チームの快進撃は国民の光となった。昨年11月18日の予選最終戦でニカラグアに勝利し、52年ぶりの本大会出場を決める。本大会ではグループCでスコットランド、ブラジル、モロッコに3連敗したが、大会終了後にミニェはガボン代表監督に就任、再びアフリカで新たな挑戦を続けるのである。

■大陸間プレーオフから決勝トーナメントまで導いたコンゴ民主共和国のセバスチャン・デザブル

 コンゴ民主共和国のデザブルは若くしてアフリカに渡り、主にクラブチームで指揮を執ってきたが、2019年のアフリカネーションズカップではウガンダを率いる。2022年の8月には2つ目の代表チームとしてコンゴ民主共和国の監督となり、2024年のアフリカネーションズカップではエジプト、ギニアを倒して準決勝に進んだ。ワールドカップ予選ではセネガルと同じグループBに入り、2位にとどまる。各グループの2位チームの上位4チームは大陸間プレーオフに出場するためのプレーオフに出場できる。モロッコで行われたプレーオフ、準決勝でカメルーンに勝利し、決勝はナイジェリアをPK戦の末に下す。そしてメキシコで行われたプレーオフでは延長戦でジャマイカを下し、ハイチ同様52年ぶりのワールドカップ本大会出場を果たす。
 本大会ではグループBに入り、初戦でポルトガルと引き分け、第2戦でコロンビアに敗れるが最終戦でウズベキスタンに勝利し、グループ3位で決勝トーナメント進出、イングランドに先制しながら、逆転負けする。これまでの成果が評価され、デザブルは今大会以降も指揮を執るのである。

■優勝したスペインを苦しめたベルギーのルディ・ガルシア

 優勝したスペインを準々決勝で苦しめたベルギーを率いたのがガルシアである。ルディというドイツ風の名前はツール・ド・フランスで優勝したドイツ人自転車レーサーのルディ・アルティヒにちなんでいる。負傷のため、若くして引退し、解説者、指導者の道を歩んだ。国内ではディジョン、ルマン、リール、リヨン、マルセイユ、国外ではローマ(イタリア)、アル・ナスル(サウジアラビア)などの監督を務め、2025年1月には初の代表監督としてベルギー代表監督に就任する。ワールドカップ予選を4勝2分で切り抜け、本大会でも準々決勝に進出したが、大会後は代表監督の座を去ったのである。(続く)

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