第1423回 ローラン・ブラン監督辞任(5) 新監督はディディエ・デシャン

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■マルセイユを18年ぶりの優勝に導いたディディエ・デシャン

 欧州選手権敗退、公式戦である欧州選手権の本予選での成績不振、そしてチーム内の規律の乱れ、このような理由からローラン・ブラン監督はまだ欧州の王座の座が争われている6月中にフランス代表監督の座から辞する。
 ブラン監督の辞任イコール次期監督の選出であるが、次期監督はブラン監督の辞任から1週間で決まった。その人物こそ本命中の本命であるディディエ・デシャンである。
 デシャンについては本連載でもしばしば紹介してきたが、2011-12シーズンまでマルセイユの監督、2009-10シーズンにはマルセイユを18年ぶり(1992-93シーズンは八百長事件のためタイトル剥奪)のリーグチャンピオンに導いたことは記憶に新しい。

■若くしてプロデビュー、マルセイユ、ユベントスの黄金時代の中心選手

 ブラジルワールドカップ出場が目標となるデシャン監督について改めて紹介することにしよう。
 1968年にピレネー地方で生まれたデシャンはプロ選手としての経歴を1985年にナントで歩み始める。17歳で1部リーグのデビューを果たす。デシャンは守備的MFとして抜群の運動量を誇り、1989年には当時大型補強を続けていたマルセイユにシーズン途中で移籍、この1989-90シーズンのリーグ優勝がデシャンにとって初めてのタイトルとなる。翌シーズンはボルドーで1年間だけプレーし、1991年には再びマルセイユに戻り、黄金時代の最後を迎えるマルセイユの中心選手となり、1991-92シーズンのリーグ優勝、そして1991-92シーズンはリーグ優勝とフランスのチームとしては初めてとなるチャンピオンズリーグの優勝を果たし、ドイツのミュンヘンのオリンピックスタジアムでビッグイヤーを高々と掲げた姿はフランスのサッカーファンならば忘れられぬ光景である。
 デシャンはマルセイユの黄金時代が終わった1994年にフランスを去り、イタリアのユベントスに移籍、5季在籍中にリーグ優勝3回、チャンピオンズリーグ優勝1回と栄光は続く。その後、イングランドのチェルシー、スペインのバレンシアにそれぞれ1シーズン在籍し、2001年に現役を引退する。

■20歳でナントの主将、フランス代表でも6年間主将として活躍

 デシャンが若くして実現したのはプロ選手としてのデビューだけではない。20歳で1990年ワールドカップ予選で苦戦していたフランス代表にデビューした。そしてこの時すでに所属チームのナントでは主将を任されている天性のリーダーシップの持ち主であった。また豪華メンバーが集まったマルセイユでは20歳前半で主将を託される。1994年のワールドカップ予選でもフランスは敗退するが、エメ・ジャッケ監督の就任とともに、26歳のデシャンは主将を務め、2000年9月の代表引退まで主将を務め、1998年のワールドカップ、2000年の欧州選手権といずれも主将としてトロフィーを掲げている。
 このように選手時代は豊富な運動量だけではなく、強烈なリーダーシップで数々の栄冠を手にしたのである。

■モナコ、ユベントス、マルセイユでタイトル獲得

 現役引退後はすぐに指導者となり、2001年にはモナコの監督に就任、初年度は低迷し、「名選手、名監督ならず」の格言のとおりかと思われたが、2003年にはリーグカップを獲得、2005-06シーズンは序盤の成績不振により解任されるが、その翌年はかつて在籍し、八百長疑惑で2部に陥落したユベントスの監督となる。名門の監督で精神的圧力も相当あったであろうが、優勝してセリエA復帰を実現する。2009年にはマルセイユの監督に迎えられ、就任初年度の2010年にはリーグカップ決勝でブラン率いるボルドーを下し、マルセイユにとっては1992年以来18年ぶりのタイトルとなる。そして勢いに乗ったマルセイユはリーグ戦でも逆転優勝し、サッカーの都マルセイユを歓喜の渦に巻き込んだのである。
 2010-11シーズンはリーグ2位、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント進出、2011‐12シーズンはチャンピオンズリーグで準々決勝に進出したが、リーグでは10位となり監督の座を奪われる。しかし、在任中3季連続でリーグカップを制覇し、長らくタイトルから遠ざかっていたマルセイユに栄光を取り戻した。
 選手、監督としての実績に加え、天性のリーダーシップでワールドカップ予選突破を目指すフランス代表にとってデシャン以上の人材はいないであろう。
 就任直後の記者会見では「選手が問題を起こしてはならない」と強調、その手腕が楽しみである。(この項、終わり)

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