第165回 2つの国際親善試合(2) フランス人新監督率いるセネガル、モロッコに屈す

■パリ市内南部のシャルレティ競技場

 パリ郊外にあるスタッド・ド・フランスでフランス-チェコ戦が行われた2月12日、パリ市内で国際試合が行われた。チェコ戦のキックオフは21時。その2時間前にキックオフが予定されていたのがセネガル-モロッコ戦である。
 パリ市内の南部にあるシャルレティ競技場がその舞台となった。このシャルレティ競技場はフランスに留学した日本人ならばよくご存知のシテ・ユニベルシテの近くにある。1989年に取り壊された従来のスタジアムの跡地に、1991年から3年にかけて当時のパリ市長ジャック・シラクが主導して建設が行われ、1994年にオープンした総合競技場である。
 サッカーよりもむしろ陸上競技やラグビーのメッカであり、昨年9月14日にはティム・モンゴメリーが100メートル9秒78という世界新記録を樹立している。日本の皆様は7人制ラグビーの大会で日本代表が大活躍したことを覚えていらっしゃるであろう。総合競技場だけではなく体育館も備え、交通アクセスもよく、パリ市民に親しまれているこのシャルレティ競技場でフランス-チェコ戦の前にフランスとも縁の深いセネガル、モロッコという両国が対戦することから、8000人のファンがつめかけた。

■ワールドカップ出場監督、新天地へ

 セネガルについては昨年のワールドカップでの活躍は記憶に新しい。そのセネガルを支えたのがフランスリーグに所属する選手とその選手を指揮したフランス人監督ブルーノ・メツである。メツ監督はアジアでのワールドカップでの成功が評価され、アラブ首長国連合のクラブチームであるアル・アインの監督に就任した。
 一方、セネガルに開幕戦で敗れたまま惨敗したフランス代表のロジェ・ルメール監督は地中海を渡りチュニジア代表の監督に就任した。そしてルメール前監督の片腕と言われたコーチのギ・ステファンも代表チームを去った。ステファンが新たな活躍の場として選んだのはフランス代表とステファンを転落させたセネガルであった。ステファンは中東に去ったメツの後任として昨年11月にセネガル代表監督に就任したのである。ステファンにとってこのモロッコ戦は「テランガのライオン」という愛称のセネガル代表を率いる初陣なのである。

■ステファン監督の歴史観

 セネガルの目標は来年のアフリカ選手権の出場権獲得であり、3月29日にはガンビア戦が控えている。もちろん、アフリカ選手権出場、そして優勝という目標もあるが、ステファンはセネガル代表を歴史的な観点から捉えている。セネガルは昨年のワールドカップでは準々決勝に出場したが、ワールドカップの歴史の中で1回しか出場していないという点である。ワールドカップ史上、1966年の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)も大活躍したが、ワールドカップ出場はこの1回だけで、その後はまったく姿を現しておらず、セネガルは「第二の北朝鮮」になってはならない、という指摘である。こういう思考はボルドー、リヨンというクラブチームを率いていただけではなく、フランス協会のスタッフとして活躍してきた経歴のなせるわざであろう。

■大幅に遅れた試合開始、新監督の初陣飾れず

 一方、「アトラスのライオン」というニックネームのある古豪のモロッコ代表はかつて日本代表監督を務めていたフィリップ・トルシエが総監督に就任する、という動きがあり、一躍注目チームになった。19時キックオフの予定であったが、試合前に両チームのサポーターが興奮して陸上トラックになだれ込み、フランス人の審判団はキックオフを見合わせる。これがますます観客のボルテージを高めることになり、試合開始のめどはたたず、モロッコの選手は「これだけ待たされたのでは試合を拒否する」と言い出す始末。ようやく収拾がついてキックオフされたのは20時45分。
 両チームほぼベストメンバーであったが、セネガルは本来ならば主将であり、日本のアフリカ・フェアプレー賞を日本のフィルムメーカーから受賞したばかりのアリウ・シセが負傷のため欠場したことが痛手となる。試合はセネガルがワールドカップ同様優れた身体能力を見せたが、リズムに乗れず、ゴールを奪うことはできない。逆に62分にモロッコにこの試合唯一の得点をあげ、ステファンの新天地での初勝利はお預けとなったが、両国出身者を中心とする観客は大満足で家路に着いた。
 フランス、欧州においてサッカーの地盤沈下は激しいが、サッカーが人気スポーツであり続けるアフリカや東アジアのパワーをうまく取り込むことの必要性を再認識した次第である。(この項、終わり)

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