第171回 読者からのお便りに答えて 京都-大分戦について

■京都の読者からの問い合わせ

 「サッカー・クリック」で連載を始めて満5年、これだけの長期間、連載を続けることができたのは読者の皆様からの励ましやお叱りの数多くのお便りのおかげである。先日、京都にお住まいの読者の方から「3月8日の京都-大分戦についてどう思うか」というメールをいただいた。筆者自身、この試合を見ているわけではなく、話題となったプレーすら映像で見ているわけでもないが、それにお答えしよう。
 読者の方からいただいたメールなどで事実確認をすると、京都で行われたナビスコカップでの京都-大分戦において、インプレー中に負傷者がでたため、ボールを保持していた京都がボールをサイドに蹴り出した。負傷者の治療を行い、大分のスローインで試合が再開、大分の選手は京都のGKめがけてスローインをしたが、そのボールを大分の選手がカットし、そのままゴール。これを「反スポーツマン的行為」と解釈した大分の監督は、故意に失点するように指示、京都はキックオフ後に難なく得点を決め、双方1点ずつ得点を重ねる。この試合が両チームの得点を予想するサッカーくじの対象となっていたことから、反スポーツマン的行為による大分の得点、大分の監督の指示による京都の得点がサッカーくじの結果に影響を及ぼした、ということらしい。

■母国愛に燃える英国人と見たパリでの試合

 反スポーツマン的行為が生じる前のプレーについて筆者自身の経験を紹介したい。
 1989年初冬のパリ、当時フランスリーグにはイングランドの代表選手もおり、キリンカップで訪日したこともあるクリス・ワドルがマルセイユ、後にイングランド代表を率いるグレン・ホドルがモナコに所属していた。筆者は英国人の友人とパルク・デ・プランスにフランスリーグの試合を見に行った。彼は英国育ちでオックスフォード大学からロンドン・ビジネススクールというビジネスエリートとしてはこれ以上ない経歴の持ち主、そしてオックスフォードのサッカー部ではレギュラーという文武両道の英国紳士である。しかしながら、彼は、イングランドこそサッカーの中心である、来年のイタリア・ワールドカップでイングランドは24年ぶりに世界チャンピオンになる、欧州予選で姿を消したフランスがサッカーをするなど100年早い、というような英国愛に燃える男であった。ここからはその試合で起こったこととミスター・イングランドの発言を紹介したい。

■英国なら小学生でも知っている試合再開のスローイン方法

 試合中、負傷者が出たため、ボールをサイドに蹴り出すというシーンがあった。そして治療後、試合が再開し、スローインで相手の選手にボールを返した。そこで拍手が起こったわけだが、筆者の隣に座っていたミスター・イングランドが「Stupid!」と叫んだのである。この試合にはイングランドの選手はおらず、彼がどちらかのチームを応援しているわけではなかったので、筆者はよくわけがわからず、彼に尋ねた。
 彼は「これだからフランス人はサッカーをわかっていないんだ。相手にボールを返す時は相手の選手に返すのではなく、相手のゴールラインをオーバーするように返すんだ。いいか、もし、スローインをしたばかりの選手が本来いるべきスペースに、相手が攻め込んで来たらどうなるんだ。つまりスローインをして相手にボールを献上する側は10人、ボールをもらう側は11人でプレーしているんだ。負傷者救済のためにボール所有権を相手に渡す場合は、相手の選手に渡すのではなく、ゴールキックで再開するようにゴールラインめがけて投げる、もしスローインのポイントが敵ゴールラインから遠い場合はストッパーに一旦返してロングキックさ。このくらい英国だったら小学生でも知っている。そしてゴールラインを割るまでボールをもらう側は触っちゃいけないんだ。それがジェントルマンさ。」とさすがオックスフォード→ロンドン・ビジネススクール、理路整然と解説をしてくれたのである。
 その後、プレミアリーグの試合を見ると、確かに全てではないが、負傷者救済後の試合再開のスローインは相手のゴールキックになるようにしているケースが多いことに筆者も気がついた次第である。
 京都のケースも、「英国なら小学生でも知っている」ように、スローインを相手選手ではなく、敵ゴールラインに投じていれば、大分の選手がそのボールをインターセプトするという事態を避ける可能性が高かったと思われる。

■中田英寿、苦い思い出の代表初ゴール

 負傷者救済後は相手のゴールキックで再開、日本の皆さんが思い出すのは中田英寿の代表初ゴールであろう。国立競技場でのワールドカップ予選のマカオ戦。中田がボールを保持している時に、マカオに負傷者が出て、外に出すようにチームメイトがゲームを切るように指示していた。ところが、中田はミドルシュートを打ち、緊張が緩んでいたマカオのGKが反応せず、ゴールを揺らしてしまった。スタジアムからは罵声の嵐。試合終了後に「ゴールラインを割るように蹴ったら、ミスキックで入ってしまった」と語った中田、「英国の小学生並みの戦術を理解していた」のかもしれないが、苦い思い出であろう。(この項、終わり)

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