第416回 北欧の雄、スウェーデンと対戦(1) スウェーデン王室とフランスの関係

■新体制で3試合目の親善試合

 来年のドイツでのワールドカップ本大会出場にむけてスタートがもたついたフランス。おりしもチュニジアでハンドボールの世界選手権が開催され、国民の関心はチュニジアに集中しているが、2月9日にはフランス代表にとって今年最初の試合が行われる。対戦相手は北欧の雄、スウェーデン。昨年8月のレイモン・ドメネク新体制発足以来、ワールドカップ予選は4試合戦っているが、親善試合はわずか2試合。これまで負けこそないが試合内容、試合結果とも納得できるものではなく、このスウェーデン戦で弾みをつけて3月下旬のスイス戦を迎えたいところである。

■ノーベル賞を授賞した現国王のルーツはフランス

 スウェーデンと言うと日本の皆様は近年多くに日本人が受賞しているノーベル賞を想起されるであろう。特に2002年に日本の田中耕一がスウェーデンのカール16世グスタフ国王からノーベル化学賞を受賞したことはワールドカップ開催以上のインパクトとなったであろう。実は現在の国王は歴史をたどれば、そのルーツはフランスなのである。

■北方の獅子グスタフ2世とフランスの宰相リシュリュー

 王国であるスウェーデンはフランスと長い歴史を持つ国である。北欧のノルウェー、デンマーク、スウェーデンは14世紀にはすでに王国として成立している。青地に黄色の十字という国旗は1562年に制定されているが、これは12世紀のフィンランドとの戦いの最中に青空を金色の十字が横切ったという故事にちなむものである。スウェーデンがその地位を確立したのはまず16世紀のグスタフ1世の王位復活、そして17世紀のグスタフ2世の時代の三十年戦争である。
 特に、三十年戦争は欧州の王家全体を巻き込む戦いであり、当時のフランスのブルボン家や宰相リシュリューも登場する。もともとは今回のワールドカップの開催国でもあるドイツ国内の宗教戦争が発端である。このプロテスタントとカトリックが対立した宗教戦争は政治的な利害を持つドイツ国外の王家を巻き込んだ国際戦争となり、最終的にはフランスのブルボン家とスペイン・オーストリアのハプスブルク家の抗争になる。フランスの宰相リシュリューはこの宗教戦争を制して欧州の覇権を勝ち取ろうとする野心を持っていた。そして4回にわたるこの三十年戦争のキーパーソンとなったのが、スウェーデンのグスタフ2世である。グスタフ2世は軍事の天才と言われ、唯一の高価な持ち物は聖書と言う質素な暮らしを送っていた。そのグスタフ2世の存在をリシュリューが見逃すはずはない。リシュリューに支援されたグスタフ2世はドイツに侵攻して連戦連勝、北方の獅子と称される。グスタフ2世は戦死するが、フランス・スウェーデン連合軍は優位に戦いを進める。結果的にリシュリューはルイ13世を欧州の長にすることに失敗するが、スペインを弱体化させたフランスの地位は高まり、ルイ14世の時代へと代わっていく。フランスと連合して三十年戦争を優位に進めたスウェーデンも強国の仲間入りをすることになったのである。

■スウェーデンに迎えられたジャン・バプティスト・ベルナドット

 その後もフランスとスウェーデンの関係は続く。フランスはルイ王朝からナポレオンの時代となる。このナポレオン軍で頭角を現したのがピレネー山脈の麓のポー出身のジャン・バプティスト・ベルナドットである。南西部のジャコバン党の影響を受けて反国王派となる。イタリア戦線などで功績を残したベルナドットはナポレオンに重用され、最高司令官にまで登りつめる。そしてスウェーデンでは王家に後継者がおらず、かつてスウェーデン人の捕虜に寛大な措置をとったベルナドットが1810年に皇太子としてスウェーデンに迎え入れられたのである。ベルナドットとナポレオンとの関係は冷めたものであったが、ナポレオンは自らの部下を他国に送ることは勢力拡大になると計算したのであろう。ベルナドットはスウェーデン皇太子となるや年老いた国王に代わって実権を握り、ナポレオン軍の対抗勢力となり、ノルウェーも手に入れる。ベルナドットは1818年にはカール14世ヨハンとして国王の座についたのである。
 反ナポレオン勢力としてベルナドットはフランス国王の座を狙うが実現しなかった。しかし、スウェーデンの難局を救ったベルナドットの子孫が王位を継承し、現在に至っている。ベルナドットの子孫は平和国家として両大戦で中立を貫き、高福祉国家を築き上げた。そして特筆すべきは、ナポレオンが勢力を広げる段階で各地に作った王家の中で唯一残っているのがこのスウェーデン王室なのである。これまでにスウェーデンとは15回対戦しているが、過半数の8試合は親善試合であり、両国の濃い関係を感じざるを得ない。(続く)

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