第3325回 開催国コートジボワールが優勝(1) 暫定監督のコートジボワール、セネガルをPK戦で下す

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■16番目の決勝トーナメント進出チームとなったコートジボワール

 本連載の第3333回から第3318回にかけてアフリカネーションズカップのグループリーグの模様を紹介したが、2月11日に行われた決勝戦で開催国コートジボワールがナイジェリアを2-1で下し、3回目の優勝を果たした。今回からは決勝トーナメントの模様を紹介しよう。
 本連載第3312回では優勝候補としてモロッコ、セネガル、エジプト、コートジボワール、アルジェリアの5か国をリストアップしたが、このうちアルジェリアはグループリーグ最下位で敗退した。また首位突破を果たしたのはモロッコとセネガルだけであり、エジプトは2位通過であったが、コートジボワールは3位にとどまり、3位になったチームの中で4番目の成績で「16番目の決勝トーナメント進出チーム」となった。

■グループリーグ3連勝のセネガルと1回戦で対戦

 その最下位通過のチームには厳しい決勝トーナメントの組み合わせが待っている。1回戦でグループCを首位通過したセネガルとの対戦となった。セネガルはグループリーグを唯一3連勝している。コートジボワールは開幕戦のギニアビサウ戦は勝利したが、ナイジェリア、赤道ギニアに連敗、勝ち点3、得失点差-3という成績である。また、コートジボワールはグループリーグではアビジャンで3試合を行ったが、3位になったことでアビジャンを離れ、内陸部にあるヤムスクロで試合を行うことになった。ヤムスクロは1983年にアビジャンから遷都された憲政上の首都であるが、主要機能はアビジャンに残り、大会の会場となるシャルル・コナン・バニー競技場の収容人員は2万人に過ぎない。

■暫定監督になったエメルス・ファエ

 コートジボワールはグループリーグ最終戦に赤道ギニアに0-4と大敗したため、ジャン・ルイ・ガセ監督とそのスタッフを解任し、同国23歳以下代表の監督を務めているエメルス・ファエが暫定的に指揮を執ることになった。ファエ暫定監督はナント出身でナント、ニースで活躍し、コートジボワール代表としてもキャリアがある。しかし、監督としての経験はニースの下部組織やナショナル3部リーグを戦うクレルモンのBチームしかなく、プロのチームの監督は初めてである。そして暫定監督に最初に入ってきたニュースはグループリーグ最終戦でザンビアとタンザニアが引き分けたため、コートジボワールの決勝トーナメント進出が決まったことであったが、暫定監督に最初に降りかかった試練は、決勝トーナメント1回戦の相手がセネガルということである。

■PK戦で5人全員が成功したコートジボワール

 1月29日、満員の2万人の観客の集まる中で、セネガルのキックオフで試合が始まった。開始直後から攻めたのはセネガルであった。1分には早くもCKを獲得し、コートジボワールの守備陣を脅かす。セネガルの先制点は時間の問題であった。左サイドからサディオ・マネがクロスをあげると、アビブ・ディアロが強烈なボレーシュート、コートジボワールのGKのヤイア・フォファナは全く動けなかった。なお、ディアロは昨年まではストラスブールに所属し、昨夏、サウジアラビアのアルシャバブに移籍し、欧州から中東への大移動したうちの1人である。一方のフォファナはフランス生まれのフランス育ち、現在はアンジェに所属している。
 開始早々に先制点を上げたセネガルであるが、その後はシュートのない時間帯が続いた。一方のコートジボワールも立て直したが、ようやくシュートらしいシュートは40分のセコ・フォファナまで待たなくてはならなかった。
 均衡した試合展開の中で後半を迎え、後半もまた立ち上がりにセネガルが攻めるが、追加点にはならない。逆に81分、自陣ペナルティアエリアの中でGKのエドゥアルド・マンディがニコラ・ペペを倒してしまい、PKとなる。これをフランク・ケシエが決める。ケシエもまた中東に今夏移籍した選手である。
 試合は同点のまま前後半30分の延長戦に入る。しかし、両チーム無得点でPK戦で決着をつけることになり、先蹴のセネガルは3人目が失敗、5人全員が成功させたコートジボワールが準々決勝に進んだのである。(続く)

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