第643回 ラグビー、秋の陣(2) 100周年を記念したニュージーランドとの第2テスト

■ホームでの最多得点差負けとなったリヨンの第1テスト

 11月11日にリヨンで行われたニュージーランドとの第1テストでフランスは3-47と敗れた。2年前の雪辱に燃えたフランスは雪辱どころか記録的な大敗を喫したのである。フランス代表のこれまでの敗戦の最多得点差は1999年のニュージーランド戦の47点差(7-54)であり、今回の44点差はそれに次ぐ不名誉な記録である。さらに、1999年のニュージーランド戦はアウエーでの成績であり、今回の44点差はホームでの最多得点差による敗戦という不名誉な記録を樹立してしまった。

■ワールドカップのメイン会場で負けられないフランス

 その1週間後には第2テストがスタッド・ド・フランスで開催される。これまでの本連載でも紹介してきた通り、1998年のワールドカップ開催のために建造されたスタッド・ド・フランスであるが、現在その主役はいまやラグビーである。この競技場が満員になるのは主にラグビーの試合であり、サッカーの試合は国際試合であっても空席が目立つ。
  さらにこの第2テストはフランスの国際試合100周年を記念した試合となっており、100年前に初めて対戦したチームが相手であり、会場は来年のラグビーのワールドカップのメイン会場である。これまでにフランスでも1991年にワールドカップの試合が行われたことはあったが、その時は英国四協会とフランスの共同開催であり、決勝もロンドンのトゥイッケナム競技場で行われた。来年のワールドカップはフランス単独開催で行われることから、フランスとしてはこのメイン会場では是非とも勝ちたいところである。

■白いユニフォームで挑むフランス、ベストメンバーのニュージーランド

 フランスはリヨンでの大敗を受けて急遽2人のメンバーを入れ替えるというショック療法にでる。フランカーのティエリー・デュソトワールに代えてセルジュ・ベッツェン、FBのジュリアン・ララーグに代えてペピート・エルホルガを登録した。ベッツェンはコートジボワール出身、エルホルガもカメルーン出身とアフリカ生まれの選手を投入した。ニュージーランドも英国を宗主国とする国であるが、英国ならびに欧州を出自とする選手は少数派であり、過半数の選手は南太平洋のトンガやフィジーなどの出身である。
  満員に膨れ上がったスタッド・ド・フランス、リヨンの試合では青いユニフォームを着用したフランス代表であるが、この試合では白いユニフォームに身を包む。100年前に初めての国際試合でフランス代表がニュージーランドと対戦したときも、白いユニフォームを着用している。
  一方のニュージーランドはいつもどおりの黒衣であるが、リヨンでの大勝に気を緩めることなく、ブスとメンバーであり、先発15人のキャップ数の合計は実に531であり、これは従来のニュージーランド代表の記録である509キャップ(1997年8月16日の豪州戦)を上回る新記録であり、フランスにとっては手ごわいメンバーとなった。

■今シリーズ初トライで逆転も、力負けし連敗

 試合はまず、ニュージーランドが5分にPGで3点を先制する。それに対してフランスは8分に左WTBのセドリック・エイマンがニュージーランドのミスを付いてトライをあげる。リヨンではノートライに終わったフランスにとってこのシリーズ待望のトライであり、初めてリードを奪ったのである。
  しかし、スタッド・ド・フランスの歓喜は長くは続かなかった。ニュージーランドは15分に逆転のPG、そして29分にもPGで追加点をあげ、リードを広げる。さらに前半終了直前の40分には、日本の大畑大介の持つトライ数世界記録を破るのはこの男しかいないと言われる左WTBのジョー・ロコココがトライをあげ、ゴールも決まって16-5というスコアでハーフタイムを迎える。
  後半に入ってもトライをあげたのはニュージーランド、50分にマー・ノヌーがトライをあげ、ゴールも成功して23-5と差は広がる。しかしここからフランスは守備陣が頑張る。特にFBのエルホルガが大活躍、それ以降、ニュージーランドに得点チャンスを許さない。フランスは前半途中に負傷したジャン・バプティスト・エリサルドに代わって出場したドミトリ・ヤシビリが2つのPGを成功させる。11-23という最終スコアになり、ニュージーランドとの力の差は明らかであったが、エルホルガの活躍は希望の光である。ニュージーランド相手に連敗したフランスは次にアルゼンチンを迎えることになるのである。(続く)

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