第1901回 ワールドカップに向けイングランドと連戦(4) 最終メンバー31人が決定

 4年前の3月11日の東日本大震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、東北地方だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■イングランド戦の翌日に31人のメンバーを決定

 ワールドカップの登録メンバー決定前最後のイングランド戦、フランスはスタッド・ド・フランスで見事に勝利し、地元ファンの期待に応えた。
 この試合からフランスはワールドカップに向けてジャージーを新調し、幸先良い船出となった。
 イングランドという長年のライバルを下し、意気上がる選手、スタッフであるが、勝利の翌日にワールドカップに出場するメンバーが発表され、36人のメンバーを31人に絞らなくてはならない。

■ハーフ団で外れたフランソワ・トラン・デュック

 特に当落線上と目されている選手については勝利の美酒に酔うことはできないであろう。36人の選手については本連載の第1881回と第1882回で紹介したが、ハーフ団について大きな議論が起こった。スクラムハーフはロリー・ココット、モルガン・パラ、セバスチャン・ティルボルド、スタンドオフはフレデリック・ミシャラク、レミ・タレス、フランソワ・トラン・デュックとそれぞれ3人ずつが選出され、イングランドとの連戦ではトゥイッケナムでの試合ではパラとトラン・デュックが先発し、後半の途中からココットとタレスのコンビに入れ替えた。スタッド・ド・フランスでの試合ではティルボルドとミシャラクが先発し、この試合も後半の途中からココットとタレスのコンビに入れ替えている。結局はこの6人のうち、メンバーから外れたのはトラン・デュックであった。トラン・デュックは前回のワールドカップでは最初は先発していたが、途中から外れ、準優勝したものの、最後は本来はスクラムハーフのパラがスタンドオフを務めていた。
 トラン・デュックはファンに人気があり、所属チームのモンペリエでも好調であったが、前回のワールドカップ終了後に監督がフィリップ・サンタンドレに代わった後も、出場試合数ではミシャラク(17試合)、タレス(15試合)に次いで11試合と第三の存在であった。さらに、前述した通りスクラムハーフのパラがスタンドオフをこなすのと同様に、スタンドオフのミシャラクはスクラムハーフとしても機能する。複数ポジションをこなすバックスの選手の存在は、消耗度の大きいフォワードのメンバーを増やすことができる。

■メンバーから外れた経験の少ない若手選手

 トラン・デュック以外にメンバーから外れたのは経験の少ない若手選手ばかりであった。
 プロップのグザビエ・チョッキ、ロックのセバスチャン・バアマイナ、フランカーのロアン・グージョン、センターのレミ・ラムラである。チョッキは25歳でまだ代表出場は4試合、バアマイナは23歳で代表歴16試合、グージョンは26歳で代表歴6試合、ラムラは25歳で代表歴7試合である。
 この5人に共通することはトゥイッケナムでの試合には出場していたが、スタッド・ド・フランスでの試合には出場していないことである。また、トラン・デュック同様にラムラはトゥイッケナムでの試合は先発メンバーであり、ファンが予想しない落選であった。

■イングランドで戦う31人のメンバー

 結局、31人のメンバーは以下の通りである。 プロップは5人が選出され、ウイニ・アトニオ、ニコラ・マス、エディ・ベン・アルー、バンサン・デバティ、ラバ・スリマニ、フッカーはギレム・ギラド、バンジャマン・カイザー、ディミトリ・サルゼウスキーの3人、ロックはアレクサンドル・フランカール、パスカル・パペ、ヨアン・マエストリの3人、フランカーとナンバー8の第3列はティエリー・デュソートワール、ベルナール・ルルー、フルジャンス・ウドラオゴ、ダミアン・シューリー、ヤニック・ニャンガ、ルイ・ピカモールの6人である。
 スクラムハーフはココット、パラ、ティルズボルドの3人、スタンドオフはミシャラク、タレスの2人である。
 センターはマチュー・バスタロー、アレクサンドル・デュムーラン、ガエル・フィクー、ウェスレー・フォファナの4人、ウィングはソフィアン・ギトゥン、ヨアン・ユジェ、ノア・ナカイタシの3人、フルバックはブリス・デュラン、スコット・スペディングの2人である。
 この31人がイングランドで戦うのである。(この項、終わり)

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