第30回 勝利を彼女たちに

■ユニークな女性向けキャンペーン

 10月14日、スタッド・ド・フランス。ブルーが戻ってきた。ワールドカップ優勝後の3試合はいずれもアウェー。オーストリア、アイスランドと引き分けが続いたが、前回のこのコーナーで取り上げたとおりモスクワで初勝利、見事な凱旋となったのである。そして相手は1996年にFIFAに加盟し、初めてのタイトルマッチ出場となるアンドラ、スコアこそ2-0と開かなかったが、一方的な内容の試合でワールドカップイヤー最後の試合を飾ったのである。
 この試合、天王山のロシア戦の直後で、相手が相手だっただけにスタッド・ド・フランスでは切符の売れ行きも芳しくなかった。この試合のため、フランス協会は試合の2日前(すなわちロシア戦の翌々日)に非常にユニークなキャンペーンを行った。その名も「勝利を彼女たちに」。フランス協会と代表チームのスポンサーは女性に対するサッカーのプロモーションのために南側のスタンド(ゴール裏)を女性専用席とし、50フランの席を9,000席用意した。初日に7,900席を販売、所々に空席が目立つスタジアムの中でこの南側のスタンドはぎっしりと埋まった。9,000人の黄色い歓声、彼女たちの陽気な歌声、色とりどりのコスチュームは、圧倒的に攻めながらゴールを奪えず、ブーイングを浴びているピッチのイレブンよりもスタジアムの注目を集めたのである。

■男性のスポーツ、サッカーは第3のスポーツ

 このキャンペーンの目的は単純にチケットのセールスだけではない。選手登録数の増加など男性に対してはワールドカップ効果があったものの、女性はもともとサッカーに対する関心も低く、また競技人口も少ない。女性に対するサッカーのプロモーションのために協会はこのキャンペーンを行ったのである。
 この連載の第1回でサッカーファンのうち女性の占める割合を29%と紹介した。確かに女性の中でサッカーファンは少ない。女性が自主的にスタジアムに足を運ぶことは珍しく、スタジアムでの女性比率は約10%である。しかも女性比率が高いのはVIPシートなどであり、庶民的なゴール裏になると女性の姿は珍しくなる。隣に座っている最愛の男性がサッカーに熱中する姿を冷ややかに見ているというのが普通のフランス人女性であろう。フランス人女性にとってはフランス人男性のサッカー好きは理解できず、これが原因で5月にはパリで悲しい事件が起こったことを覚えていらっしゃる読者の方も少なくはないであろう。
 サッカー番組がいくら視聴率を稼ごうと見ているのは男性が中心である。確かにサッカーの試合の視聴率は高いが、フランス人全体にどのスポーツをテレビで見たいかというアンケートを採ると、サッカーは男女問わず支持を集めたフィギュアスケート、スキーに及ばず、第3位である。(ちなみにテニスが第4位、体操が第5位である)第1回の連載でサッカーは「するスポーツ」としてはフランスでは3番目であると書いたが、実は「見るスポーツ」としても3番目なのである。
 したがって、フランスでサッカー選手が出演するテレビコマーシャルはひげそりなど男性向けの商品に限られ、コマーシャルに出演しているサッカー選手は意外と少ない。サッカーをとりまくマネーの肥大化が話題になるが、フランスでは見ている層を広げない限り、割高なプログラムになってしまうだけである。ビジネス面でのサッカーの発展のためにも女性の関心を高める必要がある。
 一方、「するスポーツ」としても男女の差は明白である。200万人以上が選手登録をし、ワールドカップ初制覇を成し遂げた男性に比べ、女性はわずかに2万5000人が登録しているだけであり、来年米国で行われる女子ワールドカップの本大会の出場権も獲得できなかった。また、女性がサッカーに親しむことはスポーツの多様化の中で子供にサッカーをさせるきっかけとなる。米国におけるサッカーの急速な普及は、サッカーに自ら親しんだ「サッカーママ」の存在に負うところが大きい。

■サッカーの普及とビジネス拡大のために女性は重要

 このようにサッカーの普及とビジネスとしての拡大のために女性にサッカーに関心を持ってもらうことは重要である。ベルナール・タピ時代のオランピック・マルセイユは、スタジアムの改修により女性客も安心してスタジアムに足を運べるような環境を整え、サッカーを親しみのあるスペクタクルにした。その結果タピが就任する前の1985年はベロドロームの女性比率は7%であったが、数年でこの比率を倍増させ、欧州を代表する強豪となっても、非常に雰囲気のいい応援席となったのである。
 幸いなことにワールドカップの開催と優勝は女性がサッカーに興味を持つ契機となり、ワールドカップ特集を組んだ女性誌もあった。そしてこのアンドラ戦では女性専用席だけで9,000人を集めることとなった。相手のアンドラは欧州の香港と呼ばれ、免税店がひしめくピレネー山脈の小国。フランスの女性にとっては最も行きたい国のうちの一つである。また、スタッド・ド・フランスにはAからZまでの26の入り口がある。この女性専用席の入り口はZ、「ズィーズー」の愛称で親しまれたジネディーヌ・ジダンのイニシャルである。
 フランス女性のあこがれの国との戦いに女性専用席を設け、その入り口を女性に人気のあるスター選手のイニシャルにして「勝利を彼女たちに」とキャンペーンを張る粋な計らい、フランス男性はやはり世界一である。

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