第42回 登録選手数の増加とワールドカップ効果

 本連載ではワールドカップ以降のフランスサッカー界について、チケットセールス(第24回・好調なシーズンチケット販売の理由)と、代表チームや主要クラブの成績(第27回・沈滞するワールドカップ後のフランス・サッカー)について取り上げた。今回は、ビジネス、強化と並んで重要な「普及」について、ワールドカップがもたらした効果を取り上げたい。

■ワールドカップ後に増加した登録選手数

 フランスでのサッカーの登録選手数は約200万人。フランスではスポーツを行う際にスポーツ保険加入などの観点から選手登録が義務づけられており、単純に日本とは比較できないが、人口比にして日本の約5倍の競技人口である。登録選手数は各国のサッカーの力を計る上で重要なバロメーターである。本連載でも取り上げたことがあるが、フランス98の組織委員長であった故フェルナン・サストルの協会会長時代に登録選手が増加し、氏の功績としてたたえられている。
 ワールドカップが競技人口の増加に大きく寄与したことは事実である。例えば、首都圏にあたるパリ・イール・ド・フランス地方においては、昨年度の選手登録が18万6000だったのに対し、すでに10月には20万6000になっている。また、ローヌアルプ地方では昨シーズン終了後から1万人以上が新たに選手登録を行い、約10万人が登録している地中海沿岸のメディテラネ地方においても選手登録は15%増加している。北部のノール・パ・カレー地方においても選手登録数は5000人増加した。

■ワールドカップに熱心だった地域で選手が増加している

 この選手登録の増加の詳細を分析するとさらに興味深い事実が分かる。
 まず、特に増加が著しいのはワールドカップ開催に力を入れた地方や代表選手の出身地である。パリ・イール・ド・フランス地方では、サンドニとパリにある二つの競技場で試合が行われ、交通至便なこの地域にキャンプした代表チームも多い。またローヌアルプ地方はフランス有数のサッカーどころであるが、60年前のワールドカップではこの地方での試合はなかった。それだけにローヌアルプ地方のサッカー協会が今回のワールドカップ開催にかける熱意は並々ならぬものがあった。
 試合の開催だけではなく、キャンプ地の誘致にも力を入れ、リヨンとサンテチエンヌという二つの開催地での12試合の開催と、8か国がこの地方をキャンプ地として選択した。12試合の中には中山雅史がゴールを決めた日本vsジャマイカ戦が含まれ、8つの滞在チームの中にはエクスレバンに滞在した日本だけではなく、宗教上、政治的な問題から受け入れ先に困っていたイランも含まれている。

■英雄となった選手の出身地では、少年の選手数が急増した

 一方、英雄となった代表選手の育ったクラブで選手登録が急増したことも興味深い。例えばGKのファビアン・バルテスは優勝の3日後には生まれ故郷のスペイン国境沿いのラベラネで7000人から祝福を受けている(ちなみにこの町の人口は7860人である)。バルテスはこの町のスタッド・ラベラネティアンというチームで育ったが、このチームの選手登録数は昨シーズン末が215人だったのに対し、今シーズンは23%増の265人になっている。
 同様にパトリック・ビエラのFCドルエは195人から281人の44%増、アラン・ボゴシアンのUSCAサントゥーバンは137人から190人の39%増など軒並み数字を伸ばしている。代表選手が17才の時に所属していた国内クラブの数字を平均すると昨年から今年にかけて12%選手登録が増加している。
 さらにこの選手登録数の増加は小学生を中心とした若年層であることも特筆できる。例えば例えばローヌアルプ地方の1万人の増加のうち7割は小学生である。バルテスの育ったスタッド・ラベラネティアンはユース以下は50人増加したが、それ以上は1人も増えておらず、ボゴシアンのUSCAサントゥーバンに至ってはユース以上の登録者は減少している。

■「普及」の観点から、ワールドカップ開催の効果は大きかった

 大人ではなく小学生などの年齢層の競技人口が増えた理由はワールドカップの開催時期とフランスの学校制度にも関連がある。フランスでは15才から17才ぐらいで才能のある選手は地元のクラブに所属し、プロへの階段を上がっていくが、それまでの初等教育、中等教育の前期までは学校のクラブに所属している。したがってほとんどの小学生がサッカーをするのは学校のクラブである。また、フランスの学校の1年は9月に始まり、6月に終わる。ワールドカップ開催の期間が学校の年度の切り替え時期になるため、ワールドカップの感動を胸に新学年からサッカーを始めようと考えた少年の数は数知れないであろう。
 今までもワールドカップイヤーには選手登録が増える傾向があったが、フランスのワールドカップ開催・優勝は「するスポーツ」としてのサッカーに対する関心をさらに高め、特に開催をした地区や代表チームの選手の出身地に対しては大きな影響を与えたのである。ビジネス、トップの強化と青年層に対する効果は今一つという評価もあるが、若年層へのサッカーの普及という観点では今回のワールドカップの効果は十分にあったと言えよう。
 新学年になってサッカーボールを蹴り始めた少年がいつの日か大成し、ブルーのユニフォームを着る日が来るであろう。

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