『ヨーロッパ・サッカーの源流へ』 後藤健生著(双葉社)

綿密な調査・取材をもとに、クラブの経営や育成システムについて日欧の違いを鋭く切る

 しっかりとした取材と調査に裏打ちされた好著である。
 著者は1999年1月から2000年4月にかけてフランス、イングランド、イタリアの3カ国を訪問し、12のクラブと協会を取材している。著者の問題意識は、クラブの経営と育成システムに集約されており、それらを3カ国で比較した「サッカー版・西洋事情」という体裁を取りながらも、日本サッカーへの提言に結び付けている。

 例えばイタリアは、ビッグクラブの豪華な選手の顔ぶれ、スタジアムの壮大さから、日本では「カルチョの国」と神格化されている。しかし、実際にクラブの育成センターを訪問した著者は、育成システムのソフト・ハードの立ち遅れを痛感するとともに、豊富な資金を外国人スター選手の獲得に費やしてしまったビッグクラブが近年の欧州カップにおいて好成績を残していない現状にも言及している。
 また、ワールドカップを制覇した翌年に訪れたフランスでは、その充実した育成システムが優勝の原動力となったことを再確認している。それぞれのクラブの長い歴史の中では、確かに経営が不安定な時期もあったが、サッカー関係者のひたむきな努力に加え、自治体などの公的な援助がクラブを支えてきたことが本書では紹介されている。その一方、プロ選手に不利な税制が若手優秀選手の国外流出を招き、欧州統合の流れの中で自治体からの助成金がプロチームに認められなくなったという、新たな課題を指摘することも忘れていない。
 そして「サッカーの母国」イングランドでは、この10年間において大胆な改革がなされ、サッカーを国民的娯楽に転換させた姿を伝えている。ただし、その近代化のプロセスは全国一律ではなく、クラブによってまちまちであった。ここで著者は、商業化路線で大成功したビッグクラブだけではなく、地域の伝統をベースに立て直しに成功したクラブや、かつての栄光を取り戻せずに四苦八苦するクラブなどについても、イングランド・サッカー全体の流れの中で紹介している。

 クラブの経営の安定と育成システムの充実の2つがあってその国のサッカーが強化される――これが長期間の取材と綿密な調査の結論であり、取材後、再訪欧した欧州選手権の試合を見て、著者はそのことを再認識している。
 著者はいわゆるビッグクラブのみならずさまざまなクラブを取材しており、これは本書の持つ貴重な視座である。また、とかく日本人が悲観的に陥りやすい「日欧の比較論」においても、日本の育成システムは世界で最もうまく機能しているうちの1つである、という著者の指摘は非常に興味深い。
 私には、1993年にスタートしたJリーグの各クラブが、欧州全体から見ればごく一部でしかない「ビッグクラブ」をモデルとして作られたものに見える。著者は「日本人がイタリアのサッカーを神格化している」と評したが、日本人は欧州のビッグクラブだけをモデルにしていることを認識していないのではないだろうか。本書がそういった「美しい誤解」から日本人が解き放たれる契機となることを期待したい。

 また、日本の育成システムが世界で最もうまく機能しているうちの1つであるという事実にも、意外と日本人は気が付いていないのではないか。クラブのメンバーがスポーツを楽しむために成立し、そのトップがプロとなる「ボトムアップ」的な経緯を持つ欧州のクラブと、トップ・プロの集団を中心にクラブが形成された「トップダウン」的な歴史を持つ日本のクラブとでは、「トップ・プロの育成」という点で、後者に分があるのは当然である。しかし、日本ではクラブの設備は、依然としてプロならびにその予備軍のためのものであり、クラブのメンバーになりうる市民のためのものではない。この事実についてもほとんどの日本人が自覚していないように思える。
 日本語で書かれた本書は、日本人が欧州の多様性を理解し、自らに整合したサッカーやクラブの成長過程を模索するためのステップとなろう。その意味で、このような好著がJリーグのスタート(設立)に間に合わなかったことが悔やまれてならない。(書評:J・P・モアン)

後藤 健生/Takeo GOTO
1952年東京生まれ。慶應義塾大学法学部大学院修了。専攻は国際関係論。64年の東京五輪で初めてサッカーを観戦(ハンガリー対モロッコ)して虜(とりこ)になり、西独大会(74年)以降、前回フランス大会(98年)までW杯は欠かさず現地で取材。中学校のサッカー部でプレーし、JSLは2年目の66年から観戦。最初の国際試合は日本対スターリングアルビオン(スコットランド)戦。これまでに世界52カ国を訪問した。旺盛な取材力と鋭い分析に定評がある。著書は『サッカーの世紀』『ワールドカップの世紀』(文藝春秋)、『トゥルシエとその時代』(双葉社)など多数。今秋以降ワールドユース観戦記、日本サッカー史などを上梓の予定

<書評者プロフィール>

J・P・モアン/J・P・MOINS
1961年生まれ。かつてのフランス代表の合宿所であったHEC(Ecole des Hautes Etudes Commerciales:高等商業学校)で青春時代を過ごす。フランス・サッカーを中心に執筆活動を展開。『サッカークリック』の「フランス・サッカー実存主義」で日本語の執筆活動にデビューして3年。日本サッカーについても造詣が深くなる。サッカー以外のスポーツについても関心を持つと共に、商業系グランゼコール(高等教育機関・修士課程)のHEC出身らしく、経済・経営についての著作・論文も多数

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