連覇を狙うフランス・サッカー 若き“ブルー”の肖像~ワールドユース、フランス戦記(4)

主軸の欠場と強敵と。不安な船出となったフランス

 昨年7月にドイツで行われたU-18欧州選手権で優勝したチームが今回のワールドユースに出場するチームの原型となった。1981年以降に生まれた選手からなるこの「1981年世代」のチームが誕生してほぼ1年になるが、アルゼンチンでのワールドユースに向けてクレールフォンテーヌに集結したのは大会開幕の2週間前の6月7日のことであった。
 しかし、欧州のチャンピオンチームとして優勝候補筆頭に挙げられてもおかしくないこのチームに暗雲が立ち込めていたのである。まず、5月下旬に行われたツーロン国際ユース大会ではグループリーグは伝統の4-4-2のシステムで戦い、1勝1分1敗でようやく決勝トーナメントに進出する。決勝トーナメントではシステムを3-4-3に変更し、コロンビアに負け、オランダに勝って3位を確保する。不慣れなシステムへの変更にチームは戸惑いを隠せない。またサミュエル・ネヴァ、リオネル・マチスといった主力選手が負傷によってチームから離脱した。さらにツーロン国際ユース大会でも3試合に出場し、昨年10月の日本代表との試合で同点ゴールのアシストを決めたパリサンジェルマンのサラム・ベナシュールはワールドユース直前にチュニジア国籍を選択することからフランス代表を辞退する。このようなシステム変更とメンバーの離脱という不安定な要素をはらんでドメネッシュ率いる若きブルーたちは大西洋を横断したのである。

鬼門マル・デル・プラタでブルーのユニフォームが初勝利

 ドメネッシュ監督は優勝候補にオランダ、ドイツ、ブラジル、ガーナ、パラグアイを挙げており、鬼門マル・デル・プラタでフランスが戦うグループFにはこのうちの2カ国(ガーナ、パラグアイ)が入っている。初戦は優勝候補以外のイラン。早い時間帯から得点を重ねたいフランスであるが、チームの軸となる選手の欠如はいかんともしがたく、試合を支配しながら前半は両チーム無得点。1996年にこの世代をU-15の代表監督として指導し、選手たちを熟知しているドメネッシュ監督が「彼らがこれほど悪い内容の試合をするのを見るのは初めて」というような内容であった。
 フランスは後半になってようやく自力を発揮する。昨年のU-18欧州選手権決勝で途中出場して決勝点をマークしたブニョが59分に先制点を挙げる。残りの対戦相手を考えるとこれが唯一の得点では心もとない。ベンチの不安を打ち消すように62分にはメグゼ、そしてシセが66分、85分、88分と3連続得点し、ハットトリックを達成する。(フランスでは3点連続して同じ選手が得点を上げた場合のみ「ハットトリック」という表現が使われる)終わってみればフル代表が3月の日本戦、5月の韓国戦で記録したのと同じ5-0という大差となり、鬼門マル・デル・プラタでブルーのユニフォームを着て初めて勝利をあげたのである。<(5)へ続く>

クレールフォンテーヌ
フランス・パリの南西50キロに位置し、アンリ、アネルカなど有名選手を生み出した国立サッカー学院(INF)の置かれている場所。フランス代表の合宿などにもよく使われている

マル・デル・プラタ
アルゼンチンの首都ブエノス・アイレスから南へ400キロにある「南米のモナコ」ともいわれるアルゼンチン最大のリゾート地

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