第730回 グルジアに勝利して首位固め(2) 控えGKのミカエル・ランドローが5試合目の出場

■ベストメンバーが組めなかった2001年コンフェデレーションズカップ

 バカリ・サーニャ、ジミー・ブリアン、セバスチャン・フレイとい代表出場経験のない3人をベンチに入れて臨んだフランス代表、4日前のウクライナ戦の先発メンバーと唯一違うメンバーがこれまで控えGKであったミカエル・ランドローである。
 ランドローについては2001年に日本と韓国で行われたコンフェデレーションズカップのメキシコ戦で代表デビューを飾っている。この時のコンフェデレーションズカップは欧州主要リーグと日程が重なり、各国とも変則的なメンバーで戦わなくてはならなかった。フランス代表もイタリアやイングランドのリーグに所属する選手を選出できなかった。当時の正GKのファビアン・バルテスはイングランドのマンチェスター・ユナイテッドに所属していたため、メンバーに入れることはできず、それまでに代表歴5試合のウルリッヒ・ラメ、当時まだ代表経験がなかったランドロー、グレゴリー・クーペの3人をGKとしてアジアへと旅立ったのである。

■ほぼ同時に代表デビューしたクーペとランドロー

 ロジェ・ルメール監督はこの3人の経験の少ないGKをグループリーグでは交代に使うことを大会前に表明、第1戦の韓国戦ではラメを起用、第2戦の豪州戦ではクーペを代表にデビューさせ、そして第3戦のメキシコ戦でランドローが代表にデビューしたのである。すなわちクーペとランドローはほとんど同時に代表にデビューしているのである。決勝トーナメントに入ってからは経験が一番あるラメを連続して起用したため、クーペとランドローはコンフェデレーションズカップでは1試合ずつの出場にとどまったが、その後はクーペがランドローに対して若干リードする展開となった。クーペは翌年のワールドカップでは、バルテス、ラメに続く第3のGKとして試合出場の機会こそなかったものの、メンバー入りし、代表デビューの地である韓国の土を再び踏むことになる。一方のランドローはコンフェデレーションズカップ以降は代表チームから声がかからなくなった。

■ファビアン・バルテス引退後に正GKとなったクーペ

 クーペに次にチャンスがやってきたのは韓国での惨敗の後のジャック・サンティーニ新体制の初戦である2002年夏のチュニジア戦であり、その直後に行われた欧州選手権予選のキプロス戦にも出場をしている。しかし、正GKのバルテスの壁は厚く、なかなか試合出場の機会に恵まれなかった。
 そのクーペとランドローにチャンスが回ってきたのが2003年のコンフェデレーションズカップである。この大会にはバルテス、クーペ、ランドローの3人がGKとして登録され、クーペはグループリーグ初戦のコロンビア戦と準決勝のトルコ戦、ランドローはグループリーグ第3戦のニュージーランド戦に出場している。しかし、重要な試合である日本戦と決勝戦はバルテスがゴールを守っている。
 クーペがランドローに対してリードしているとはいえ、2人はバルテスの影に隠れており、彼らがピッチの上でチャンスを得たのは昨年のワールドカップ後のバルテスの引退を待たなくてはならなかった。バルテス引退後のGKはほとんどの試合でクーペが務め、クーペは代表試合出場数を27試合まで伸ばしている。

■ベンチで戦況を見つめた回数はランドロー48試合、クーペ49試合

 一方、ランドローはナンバー3からナンバー2に昇進したに過ぎず、この日まで代表の試合に出場したのはわずか4試合、代表にデビューして6年経ちながら、1年に2試合以上出場したことはこれまでにない。2003年のコンフェデレーションズカップの次は2004年11月のポーランドとの親善試合、そして昨年9月の欧州選手権予選のフェロー諸島戦と言うのがこれまでの実績である。
 このところ控えGKとしてベンチで戦況を見つめることが多く、これまでにベンチ入りしながら出場しなかった試合は48試合にも上る。すなわちメンバー入りした試合の中で出場できた試合は1割以下に過ぎず、ベンチが定位置という代表生活を送ってきている。しかし、ベンチウォーマーと言う点では実はクーペの方が上回る。クーペは主にクーペの控えとして49試合ベンチで90分間を過ごした経験がある。控えGKの経験の長かった2人、そして今回はクーペの負傷によりランドローがチャンスを得たのである。(続く)

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