第2007回 パリサンジェルマン、4年連続で準々決勝敗退(4) ドーバー海峡をはさんだ中東ダービー

 平成28年熊本地震で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。お亡くなりになった方々に、謹んで哀悼の意を表します。 この地震が1日でも早く収まることと、被災地の皆様の安全とご健康をお祈り申し上げます。

■かなり厳しい第1戦2-2の引き分け

 3年連続でチャンピオンズリーグの準々決勝で敗れているパリサンジェルマン、過去3年間の相手に比べてくみし易いという油断があったわけではないであろう、パリでの第1戦はパスをつないで圧倒しながら、最後に追いつかれて2-2のドローとなった。これまでの欧州カップの歴史の中でホームアンドアウエーのノックアウト方式で第1戦のホームチームが2-2で終えた場合の勝ち抜きの確率は22%とかなり低い。
 パリサンジェルマン自身もこれまで第1戦を2-2で終えたケースが3回ある。古くは1983-84シーズンのカップウィナーズカップ、ミッシェル・プラティニの所属するイタリアのユベントスと対戦し、第2戦はスコアレスドローとなり、パリサンジェルマンは敗退する。1986-87シーズンはチャンピオンズカップ2回戦でチェコスロバキアのビートコビツェと対戦、この時は現在日本代表ン監督を務めるヴァイッド・ハリルホジッチを擁したパリサンジェルマンであるが、第2戦は0-1と落としている。そして記憶に新しいのが2012-13シーズンである。3年前の準々決勝でスペインのバルセロナと対戦、ハビエル・パストーレが先制したが、追いつかれ、1-1のドローとなっている。すなわちパリサンジェルマン自身はこれまでに3回、第1戦2-2のドローで敗れ続けてきた。

■UAE資本のマンチェスター・シティ、カタール資本のパリサンジェルマン

 パルク・デ・プランスでの引き分けはホームチームにとって負けに等しいが、これまでの両チームの対戦は2008-09シーズンのUEFAカップのグループリーグも含め2引き分けである。3回目の対戦で決着をつけなくてはならない。
 マンチェスターのマンチェスター・シティ競技場、メインスポンサーのエティハド航空がネーミングライツを取得しエティハド競技場と称し、マンチェスター・シティの水色のユニフォームの胸にもエティハドの名が輝く。UAE資本となって7年、大型補強の繰り返しでプレミアリーグではライバルのマンチェスター・ユナイテッドと伍すところまで力を伸ばしたが、チャンピオンズリーグではこれまで5回の出場ではベスト16が最高である。世界最高峰リーグと言われるイングランドのプレミアリーグから今季のチャンピオンズリーグで準々決勝に残ったのはマンチェスター・シティだけである。同じ中東資本で胸にエミレーツ航空のロゴの入ったパリサンジェルマンに勝利し、プレミアリーグの意地を見せたいところである。
 第2戦は第1戦の6日後の12日の火曜日に行われた。この間の土曜日の9日にそれぞれ両チームはリーグ戦を戦っているが、パリサンジェルマンはアウエーでギャンガンと対戦し、2-0と完勝、一方のマンチェスター・シティはウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンを迎えて2-1と勝利し、第2戦に向けて好調を維持する。

■2人が出場停止、システムを変えたパリサンジェルマン

 さて、第2戦の先発メンバーである。まず、攻めきらなくてはならないパリサンジェルマン、第1戦の警告でブレーズ・マツイディとダビド・ルイスが出場停止となり、マルコ・ベラッティ、パストーレも本調子ではない。ローラン・ブラン監督は3-5-2システムに変更、ズラタン・イブラヒモビッチとエディンソン・カバーニの2トップ、中盤はマクスウェル、アンヘル・ディマリア、チアゴ・モッタ、アドリアン・ラビオ、グレゴリー・バンデルビール、3バックにはチアゴ・シウバを中心に左にマルキーニョス、右には第1戦で痛恨のミスを犯したセルジュ・オーリエを起用、汚名返上をしたいところである。

■第1戦と全く同じ先発メンバーのマンチェスター・シティ

 そして守り切れば準決勝進出となるマンチェスター・シティ、今季の大型補強の目玉であり、チャンピオンズリーグでも3得点をあげてきたラヒム・スターリングは負傷しており、あわせて第1戦の直前に行われたリーグ戦で負傷したバンサン・コンパニーとヤヤ・トゥーレが欠場していた。トゥーレが間に合うのではないかという情報もあったが、結局間に合わず、第1戦と全く同じメンバーでパリサンジェルマンを迎えることになった。
 ドーバー海峡をはさんだ中東ダービーの火ぶたが切られたのである。(続く)

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