第599回 新たな旅立ちボスニア・ヘルツェゴビナ戦(4) 鮮烈のデビュー、ジュリアン・フォーベール

■新体制となる偶数年の8月は振るわないフランス

 第二次レイモン・ドメネク体制の初戦ともいうべきボスニア・ヘルツェゴビナ戦、2年前の8月にも対戦しているがこのときは1-1のドローに終わっている。8月に必ず行われる親善試合はリーグ戦の開幕直後に行われるため、移籍直後の選手や、自らは移籍しなくても他の選手の遺跡や監督の交代によりプレースタイルを変更した選手も少なくない。したがって新体制の選手が集まって秋からの予選に備えるという意味合いが強い。さらに偶数年の場合はワールドカップ、欧州選手権の本大会が終了した直後であるため、代表チーム自身が新チームに生まれ変わり、選手の入れ替えが多く、さらに新たな大会の予選が始まる直前の親善試合となる。
 ところがこの数年の8月の親善試合の戦績を振り返ってみると、フランスは奇数年の成績はよいが、偶数年の成績が振るわないという気になるデータがある。2005年はコートジボワールに3-0で勝利(モンペリエ)、2003年はスイスに2-0で勝利(ジュネーブ)、2001年はデンマークに1-0で勝利(ナント)と奇数年は3連勝している。ところが偶数年となると2004年はボスニア・ヘルツェゴビナと1-1で引き分け(レンヌ)、2002年はチュニジアと1-1で引き分け(チュニス)となっている。特に2006年のワールドカップ予選は苦労したことは記憶に新しい。欧州選手権予選を突破するにためにも勝利で発進したいところである。

■アジア相手の試合が続いたボスニア・ヘルツェゴビナ

 さて、相手のボスニア・ヘルツェゴビナであるが、日本と親善試合を2月にドルトムントで行ったことから日本の皆様はよくご存知のことであろう。ワールドカップ予選はグループ7に入り、最終戦まで望みをつないでいたが、セルビア・モンテネグロにアウエーで0-1と惜敗し、出場権を逃している。実はボスニア・ヘルツェゴビナは予選敗退以来、最初の試合が日本戦であった。チームとして未整備な段階で日本に対して試合終了間際までリードを奪ったことは大きな自信となった。ボスニア・ヘルツェゴビナはそれ以来2試合しかしていない。5月末に26日には京城で韓国と対戦、0-2で敗れる。さらに5月31日にはテヘランでイランと対戦し、2-5と連敗を喫している。すなわち、ワールドカップ予選敗退以降、国外でアジアのワールドカップ出場国とのみ戦って1分2敗と言う成績であり、今回のフランス戦は昨年10月以来の欧州の国との対戦、そしてホームでの戦いとなるのである。
 久しぶりのホームでの試合となる会場はサラエボのオリンピックスタジアムである。オリンピックは平和の象徴であるが、このメインスタジアムは戦乱で破壊された。悲しい映像がしばしば紹介されたが、完全に修復され、美しく、そして平和を願望する人々の思いが伝わってくる雄々しい姿になった。そして故国の復興と平和を願う3万人の観衆で膨れ上がった。

■現実的な先発メンバーのフランス

 その大観衆の前に姿を現したフランス代表であるが、このオリンピックスタジアムのピッチでラ・マルセイエーズを歌う代表デビューとなる選手はいなかった。ワールドカップに出場しなかった選手としてはリオ・マブーバが先発し、ドイツでは出場機会のなかったグレゴリー・クーペとジャン・アラン・ブームソンが守備の中心となる。それ以外の8人はワールドカップに出場したメンバーが並ぶ。やはり新人や復帰組を簡単に遣うわけには行かないという現実的なドメネク監督の考えが伝わる。
 しかし、フランスは16分に先制を許してしまう。フランスが同点に追いついたのは前半も残り時間少ない41分、ビリー・サニョルのクロスをティエリー・アンリがつなぎ、最後はウィリアム・ギャラスがゴールに押し込む。

■背番号10ジュリアン・フォーベール、衝撃の決勝ゴール

 後半に入りボスニア・ヘルツェゴビナは選手を次々と代えるがドメネク監督の動きは少ない。69分に3人目の交代選手としてジュリアン・フォーベールを投入、この夜2人目の代表デビューは背番号10である。そのフォーベールがロスタイムに決勝点を挙げる。8月の親善試合で後半途中から出場して初代表・初得点というのは、先代の背番号10、ジネディーヌ・ジダンと同じ衝撃のデビューである。(この項、終わり)

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