第1750回 欧州選手権目指しスタート(5) セルビア代表監督に就任したディック・アドフォカート

 3年前の3月11日の東日本大震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。また、復興活動に従事されている皆様に敬意を表し、東北地方だけではなくすべての日本の皆様に激励の意を表します。

■2010年にワールドカップ初出場を果たしたセルビア

 スタッド・ド・フランスでスペインに8年ぶりの勝利、フランス代表を率いるディディエ・デシャン監督の表情は明るい。9月上旬にはスペイン戦以外にもう1試合の親善試合が組まれている。それが7日のベオグラードでのセルビア戦である。このセルビア戦は本連載第1746回で紹介した通り、開催国で予選を免除されたフランスがグループIの中に交じって行う親善試合である。グループIは5か国からなり、9月の予選は7日にしか行わない。セルビアは7日のフランス戦以外は試合を組んでおらず、フランス戦がシーズン最初の試合となる。
 ユーゴスラビアの解体後、セルビア・モンテネグロ、セルビアとして活動し、2010年のワールドカップ南アフリカ大会にはユーゴスラビア解体後初めて本大会に出場している。

■今回のワールドカップ予選で敗退、シニシャ・ミハイロビッチが退く

 しかし、今回のワールドカップ予選ではグループAでベルギー、クロアチアに次ぐ3位で敗退している。昨年5月から6月にかけては南北米大陸に遠征し、米国のブリッジビューでパナマと引き分け、本大会直前にはサンパウロで大会前最後の試合となるブラジルと対戦し、終盤まで無得点でしのいだが、フレッジに得点され、0-1と惜敗している。
 名選手を多数輩出しているセルビアであるが、ワールドカップ予選のチームを率いたのはかつてユーゴスラビア代表として活躍したシニシャ・ミハイロビッチである。1996年には訪日していることから日本の皆様もよくご存じの選手であろう。現役引退後はイタリアのクラブチームの監督を歴任し、2012年春に代表監督に就任しているが、先述のとおり2大会連続の出場はならず、昨秋辞任し、現在は再びイタリアのクラブ(サンプドリア)で指揮を執っている。ミハイロビッチの後任の監督はなかなか見つからない。それはこの旧ユーゴスラビアに特有の民族問題も影響しているであろう。

■フランスと2回対戦した新監督ディック・アドフォカート

 セルビアは先述の北南米遠征は正式な監督不在で戦い、7月にようやく新監督が決まった。オランダ人のディック・アドフォカート監督である。アドフォカート監督は数多くのクラブチームの監督を務め、2008年にはロシアのゼニト・ペテルスブルクをUEFAカップ優勝に導き、代表チームについてもオランダ、ロシアなどこれまでに5か国の監督を務め、2006年には韓国を率いてワールドカップに出場するというキャリアの十分な監督である。
 アドフォカート監督は代表チームの監督として2回フランスと対戦している。最初は2004年にオランダの監督としてロッテルダムで親善試合を行い、スコアレスドローとなっている。そして2006年のワールドカップでは韓国の監督としてドイツのライプチヒでフランスと対戦し、ティエリー・アンリに先制点を奪われながら、81分に朴智星のゴールで引き分け、すなわちこれまで2戦して2引き分け、3度目の正直で勝利をあげたいところである。

■代表戦デビューが旧ユーゴスラビアだったディディエ・デシャン

 一方、フランスのデシャン監督についても旧ユーゴスラビアの首都ベオグラードを継承するセルビアは思い出深いものがあるであろう。デシャン監督が選手として代表にデビューしたのは1989年4月のことである。翌年にイタリアで行われるワールドカップ予選で大苦戦、予選途中でアンリ・ミシェル監督が更迭、ミッシェル・プラティニが監督になる。ホームのパルク・デ・プランスでのユーゴスラビア戦、プラティニ監督は背水の陣ということでデシャン、クリストフ・コカールを初招集、2人とも先発メンバーではなかったがコカールは後半開始から出場、デシャンは76分にダニエル・ゼレに代わって出場するが、奮闘むなしく、失意のスコアレスドローである。
 このように両監督の相手国との過去の歴史は浅からぬものがあり、興味深い一戦となりそうである。(続く)

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