第712回 2007年大統領選挙(2) 発言するサッカー選手、リリアン・テュラム

■政治的な発言が珍しくないフランスのサッカー選手

 大統領選挙の主要4候補のうち移民政策を大統領選挙の争点とするニコラ・サルコジ候補、ジャン・マリ・ルペン候補については前回の本連載で紹介した。フランスでは人気商売である俳優やスターが自らの政治的思想を公にすることは珍しくない。サッカー選手といえども例外ではない。サッカー界から前記の2候補に対して意見を申し立ててきた存在がいる。フランス代表が歴代最多となる128試合出場、そして3月下旬のリトアニア戦とオーストリア戦で主将を務めたリリアン・テュラムである。

■海外県からパリ郊外経由でプロサッカー選手になったテュラム

 テュラムは本連載でもしばしば紹介してきたようにカリブ海の海外県のグアドループの出身であり、移民ではない。しかしながら、海外県出身者は旧植民地などの出身者同様、様々な人種差別を経験しているのが今日のフランス社会の現状である。そしてその海外県出身者や移民の主たるパターンは職を求めてパリにやってくるが、定職になかなかありつけず、パリ近郊の低所得者用のアパートに居住する。そして彼らにとって貧困から脱出する一つの道がプロのサッカー選手となることである。
 テュラムも幼少時にグアドループからパリ郊外のフォンテーヌブローへやってきた。世界遺産にも登録されたフォンテーヌブロー宮殿があり、フォンテーヌブロー派が活躍し、自然に恵まれた町であるが、パリ郊外という立地のため、近年は多くの移民が住むようになった。
 テュラムは当時のモナコのアルセーヌ・ベンゲル監督に才能を認められ、海外県からパリ郊外の町を経由し、プロのサッカー選手となった。一度は代表から引退したが、復帰し、フランスをドイツのワールドカップへ導いた功績は誰しもが認めるところである。そしてサッカー選手としての技量だけではなく、海外県、パリ郊外の出身者として、移民問題に関して様々な発言を行ってきた。

■ニコラ・サルコジ内相と対談したテュラム

 一昨年のパリ郊外での若者の暴動の際、サルコジ内相は若者、移民を過度の表現で批判し続けた。この発言が火に油を注ぐ状態になり、さらに若者が暴徒化するという悪循環を生んだ。この時にテュラムはサルコジに対して面会を求める。テュラムは一流のサッカー選手であるから生活の不安もなく、おそらくサルコジ内相以上の収入もあるはずである。しかし、テュラムの原点は海外県であり、低所得者層の住むパリ郊外である。テュラムはサルコジ内相に対し、フランス社会に存在する不平等が若者の不満の原因であり、このような暴動につながった、と主張したのである。そして昨年9月に行われた欧州選手権予選のフランス-イタリア戦には不法滞在で住居を奪われた移民たちをスタッド・ド・フランスに招待することも行っている。
 また、今回の候補者ではないが、社会党のジョルジュ・フレッシュ党首が「現在のフランス代表の11人中9人が黒人であり、3人か4人が適当である」という発言にも猛反発している。
 そして今回の大統領選においてもテュラムは「サルコジ候補の移民政策は人種差別につながる」と不支持を表明し、移民出身者の多いサッカー選手はアンチ・サルコジ派が多いようである。

■北京オリンピックボイコットを主張する左派、中道の2候補

 残り2人の有力候補であるセゴレーヌ・ロワイヤル候補、フランソワ・バイル候補については左派、中道である。2人の共通点は教育相を勤めたことがあるという点である。ロワイヤル候補についてはフランスの歴史で初めての女性大統領なるかと言う期待を集めている。また、バイル候補については右派のサルコジ候補、ルペン候補、左派のロワイヤル候補に対して満足していない中間層の支持を集めている。
 サルコジ、ルペン両候補の強硬路線と対照的な両候補であるが、両候補とも思わぬ一面を見せている。スーダンのダルフール紛争問題である。ダルフール地方では虐殺が起こり、国連の安保理事会はスーダンに対する制裁決議を協議しているが、スーダンと石油利権のある中国の反対にあって決議できずにいる。その中国に対する抗議として来年の北京オリンピックのボイコットを表明している。
 移民政策だけではなく、北京オリンピックボイコットと言う争点も加わり、大統領選挙は4月22日に投票が行われたのである。(続く)

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