第3768回 イラクに勝利、決勝トーナメント進出(2) キリアン・ムバッペ、代表出場100試合を飾る
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■代表出場100試合となるキリアン・ムバッペ
第2戦のイラク戦はキリアン・ムバッペにとって代表出場100試合目となる。27歳と184日での達成は欧州ではセルヒオ・ラモス(スペイン、26歳357日)、ルーカス・ポドルスキー(ドイツ、27日13日)、クリステン・ビークマエ(エストニア、27歳109日)に次いで4番目に若い。記念すべき会場はフィラデルフィアのリンカーン・フィナンシャル競技場である。このフィラデルフィアは今から250年前、独立宣言が発表された記念すべき都市である。そしてこの独立宣言は、その後のフランスの人権宣言の模範となっているのである。試合前から天候不順が予想されていたが、6月22日17時に試合はキックオフされた。
■欧州生まれの選手のいるアジアの代表イラク
これまでフランスはワールドカップではアジアのチームと2回対戦、1982年大会ではクウェートに4-1、1998年大会ではサウジアラビアに4-0と勝利、28年ぶり、今世紀初めての対戦となる。
イラクはアジアの代表であるが、時代は変わった。2003年から2011年まで米国による攻撃を受けた中で多くのイラン国民が国外へ移民、難民として主に欧州に移住した。この移民、難民の二世や三世がイラク代表になっている。DFのメルカル・ドスキはイラク系クルド人の両親を持ち、ドイツ生まれでドイツのクラブの下部組織で育ち、オーストリアのクラブでプロにデビュー、現在はチェコのクラブに所属している。ゲームメーカーのアミル・アルアマリはイラク人の父とパレスチナ人の母の間でスウェーデンで生まれ、スウェーデンの19歳以下の代表に入ったこともある。欧州でイラクからの難民を最も多く受け入れている国はドイツであり、その次がスウェーデンである。ドイツ代表、スウェーデン代表には多くの移民や難民の二世がいるが、彼らが親の母国を選択することもある。フランスも同様、移民の子弟が多くフランス代表となっているが、逆に親の祖国の代表を選択するケースもそれより多いのである。このように移民、難民がサッカーの世界を変えてきたのである。
■先制点を決めたムバッペ
しかし、地力の差は明確であった。ボールを支配したフランスは15分、右サイドでミカエル・オリーズがイラクのDFラインの間にパスを供給、これに飛びついたのがムバッペである。左足のシュートはファーポストのネットを揺らす。ムバッペのゴールのキックの場合、9割は右足であり、左足での得点は珍しい。前半の終盤から雨が強くなり、前半終了の笛が鳴ると、ムバッペはボールを追うようなスピードでロッカールームに駆け込んだ。
■雷雨による2時間の中断後も集中し続けたフランス
そして雨は強くなり、雷の予報もあり、後半の開始は遅れに遅れ、キックオフされたのは2時間後のことであった。昨年同時期に開催されたクラブワールドカップのベスト8決定戦のベンフィカ(ポルトガル)-チェルシー(イングランド)戦でも雷雨のため試合が4時間中断したことがあった。
長い中断はあったがフランスのメンバーは緊張の糸を切らすことはなかった。逆に気が緩んだのはイラクであった。54分、イラクはゴール前でDFのザイド・タシーンが、GKに横パスを出したが、これが強すぎてGKが受けることができず、ボールは逆サイドのウスマン・デンベレへ、デンベレは中央に折り返し、そこに走りこんできたムバッペがシュートを叩き込む。ムバッペはセネガル戦に次いで2得点をあげ、代表通算60ゴール、ワールドカップ通算16ゴールとなった。
ムバッペはその直後にもゴール前で得点機を迎えたが、右サイドのミカエル・オリーズにパス、オリーズのループシュートがバーに当たり、得点にはならなかった。
しかし、フランスの攻撃は止まらず、66分にはオリーズが右サイドフリーのデンベレにパス、デンベレは右足でシュート、これが決まり、本大会初のゴールとなった。
フランスは連勝し、勝ち点6となり、もし、このグループで3位となってもこの時点で3位となって勝ち点6以上を獲得するチームが8に満たないため、決勝トーナメント進出を決めたのである。(この項、終わり)
